小説 アンドロイド「AYA/2nd」第二章 連載6
<第二章>
11月もそろそろ後半に入ろうとしている。亜弥が昇の家にやってきてから二ヶ月近くになる。このコミュニケーション型ヒューマノイドロボットは、二ヶ月の間に目まぐるしい進歩を遂げた。他人とのコミュニケーションが苦手な最近の若者よりもずっと人間らしいなどと昇は思う。ぶっきらぼうな性格さえ何とかなれば申し分ないのだが、それも亜弥の性格であると、無理に矯正することもないのだと思ったりする。昇は、先月食べ損ねたフォートナム&メイソンのロイヤルローフを囓り、ミルで挽き立てのコーヒーを飲みながらぼんやりと考えた。窓から見えるプラタナスの葉は少しずつ落ち、楓も紅葉(こうよう)の盛りを過ぎ、辺りは少しずつ冬色に変わろうとしている。
一週間前の土曜日のことである。
ゆっくり目覚めた昇が、遅い朝食の準備をしようとキッチンに入る。そこには、すでに朝食を作っている亜弥がいた。いつもの彼女は、昇が頼まない限り食事を作ることがない。昇は、一ヶ月前のキッチンのあの惨状からまだ立ち直れていなかった。亜弥は、通常、昇と同じ時間に起きる。たぶん昇に合わせて体内時計をセットしているのだと思う。彼女は基本的に食事を摂らないが、昇と同じテーブルに座り、昇が食事をする様子を興味深そうに見ている。きっと、美味しいとか、まずいとかではなくて、そのプロセスや造形結果に興味があるように思える。普段、昇が食事の準備をしていると側から離れない。
「ねえ、お願いだから邪魔しないでくれる。隣でテレビでもみていてよ」
と、言うと「ふうーん」などと言って隣のリビングに行くが、テレビをつけたまま昇の様子をジーと観察していたりするのである。
先週買った薄ピンクのセーターに淡いラベンダー色のジーンズを穿いた亜弥が、キッチンでテキパキと食事の準備をしていた。
「どうしたの、へえー食事を作っているんだ。僕のために作ってくれてるの。ふーん」
と、昇が面白そうに言う。
「別に昇のために作っているわけではない。料理というものに興味があるから作ってみる。ただそれだけよ。でも、食べたかったら食べてもかまわない」
亜弥は笑いもせずに、チョコレート色の大きな瞳を昇に向けて言う。昇は大げさに手を広げて肩をすくませる。
「何を作ってるの」
「スクランブル・エッグと挽き肉&マッシュ・ポテト」
昇は、キッチンの白いテーブルに並べられたスクランブル・エッグと挽き肉&マッシュ・ポテトをおそるおそる味見した。そして、昇は驚いた。もし、亜弥に味覚というものがプログラムされているとすれば、それは、とても繊細で完成度の高いものにちがいないと感心した。挽肉料理を飲み込んで亜弥の方に目を向ける。昇の様子をじっと見ていたはずの亜弥がぷいと顔を背けた。わずかな期間に、あらゆるソースから知識や情報を取り込み、消化し、それが血肉となるように彼女を育む。亜弥は確実に進化している。
昇は極力亜弥といっしょに出かけることにしている。この優秀なアンドロイドに出来るだけ社会とコミットしてもらいたい。そのことによって、良いのか悪いのかよくわからないが、この社会のシステムに馴染んでもらいたいと思っている。
途中で簡単な夕食は済ましたものの、午後からズーと読み続けていた長編の文庫本を読み終えて時計を見る。壁の電波時計が深夜の一時を指していた。キッチンのテーブルに座ってSONYのウォークマンを聞いていた亜弥が昇の方に目を向けて聞いてきた。
「昇、もう寝るのか」
「いや、朝食のフランスパンとヨーグルトを買い忘れた。今からコンビニに行ってくる。亜弥もいっしょに行こう」
と、昇が誘う。(つづく)
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