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2012年4月24日 (火)

小説 アンドロイド「AYA/2nd」第二章 連載12

「12/01 08:05 街はクリスマス。たくさんの恋人が歩いている。オレは一人。いつやるの」

いつもの通勤電車でケータイの掲示板を見ていた昇は、この書き込みが妙に気になった。十二一日、いつもの月曜日の車内風景である。都心に向かう電車はいつものようにラッシュで、一様に不機嫌そうな人々がケータイの小さなディスプレーに釘付けになっている。小さく折りたたんだ新聞を読んでいた男が、ちらっちらっと隣に立つOL風の女性のケータイを盗み見る。隣の他人の出勤前の気怠さと憂鬱さがきっちり密着した衣服から伝わってきそうな程の人なのに、電車の中は走行音と、時折聞こえる車掌のアナウンスの音しか存在しない。師走に入ると、電車の吊り広告もクリスマス一色になる。運良く座れた座席を立つ前にさっきの掲示板に目を通す。

「12/01 08:30 世の中に正義と悪があるとすれば、俺は間違いなく悪だ。いや、もしかして正義かも知れない。世の中の下らない奴らを消滅させる正義の使者か?」

無言の圧力に押されるように昇は慌ただしく電車を降りる。こんなにたくさんの人がいるのに、聞こえるのは規則正しいフォービートの夥しい靴音だけだった。昇は、表情の無い人の流れに乗り、いつもの改札を出た。

会社に入り、定例の社内のネットワークシステムの点検を始める。いくつかのトラブルに対応している内に、昇は朝の掲示板の書き込みのことなどすっかり忘れてしまった。十時の小休憩。昇は社内の自動販売機で熱い缶ヒーヒーを買い、近くのテーブルに座る。三、四脚あるテーブルには昇以外誰もいなかった。全面ガラス張りのこのコーナーには、昼前の柔らかな日差しが差し込み、鉢植えの観葉植物を包み込んでいた。いつも美しい緑色を保つこの植物は、季節の移ろいをどのように感じ取っているんだろうなどと考えながら、昇はケータイを開け、掲示板をチェックする。

12/01 10:05 イライラする。誰か俺を止めてくれ

12/01 10:08 彼女なんか絶対出来ないのに。男友達だって出来ないのか

12/01 10:10 奢った時だけ友達かよ

12/01 10:13 イケメンだったらお金なくても友達できるのに。クソ

短い書き込みが二、三分おきに延々と続きそうだ。

「甘ったれるな、バカ。そんなんだから彼女も友達も出来ないんだ」

と、口に出しながら、昇は胸の奥の方にべったりと張り付くような、濡れた手に貼り付いたティッシュペーパーがいつまでも剥がれないような、不快感を感じていた。勢いよくケータイを閉じて、少し冷めた缶ヒーヒーを飲み干した。

クリスマスコンサートは十二月二五日だ。その前に一度昇のマンションを訪ねるそうだ。昇は会社帰りの電車の中で考えた。

「亜弥を隠すか、美憂に打ち明けてしまうか」

別に悪いことをしているわけでもないし、ガールフレンドの美憂を裏切っているわけでもない。隠す必要などまったくないし、今後のこともある。打ち明けてしまうのが妥当だと思う。しかし、昇は単純にそういう結論には至らなかった。それは、事情が常識を越えているのと、普通に見たら若い女の子と一緒に暮らしている事実は決して美憂を幸せにはしないだろうと、常識的に思ったからだ。しかし、あれこれと考えた末に、結局事情を話すことに決めた。隠した時のメリットとデメリットを冷静に考慮すると、打ち明けた方がはるかに平和的だという結論に達した。以前の出来事を思い出したからである。

半年ほど前のことである。

新宿で美憂と待ち合わせをしていた。ちょうど昇の誕生日だったので、そのお祝いに映画を観て、食事をする予定だった。東口を出たときに、偶然会社の子と出会った。彼女はいつもそうなのだが、妙に馴れ馴れしい態度を取る。この時も、必要以上に昇に密着し、

「木村さん、偶然ですね。これからどちらまで」

などと、可愛いそぶりをする。

「ああ、ちょっと人と待ち合わせをしていて、そちらに向かうところです」

そこにある空気にでも話しかけるように、出来るだけ素っ気なく言ったつもりである。

「どちらで待ち合わせですか」

なおも可愛く食い下がる。

「紀伊国屋です。では、急ぎますので……」

一刻も早くこの場を立ち去ろうとしたのだが

(つづく)

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コメント

ひと波乱起きそうな気配になって
きましたねぇ。

昇と美憂、どうなっちゃうんでしょう。
掲示板も気になるし...

投稿: casa blanca | 2012年4月24日 (火) 17時07分

え~!!ふたつも気になることを残して、続きが気になるじゃないですかぁ。
次を待つしかないですよね。(涙)

投稿: ブルー・ブルー | 2012年4月24日 (火) 17時21分

casa blancaさん
いつもご愛読ありがとうございます。
美憂さんは結構気が強そうなので、このあとどうなるんでしょうか?
乞うご期待(ありきたりですみません
<(_ _)>

投稿: モーツアルト | 2012年4月24日 (火) 22時28分

ブルー・ブルーさん
いつもご愛読ありがとうございます。
すみません。もったいぶっている訳ではないのですが、紙面の関係もあり?次に回しました。掲示板の続きは次章になりそうです。

続きもご愛読よろしくお願いします
<(_ _)>。

投稿: モーツアルト | 2012年4月24日 (火) 22時33分

新たな展開にドキドキしてきますね。
隠しごとなどしないで、
素直に話すことを決めた昇ですが、
モーツァルトさんの生き方を反映しているようですね。

この先がまたまた楽しみです

投稿: くるたんパパ | 2012年4月25日 (水) 05時19分

くるたんパパさん
いつもご愛読・ご支援ありがとうございます。

>素直に話すことを決めた昇ですが、
モーツァルトさんの生き方を反映しているようですね

僕と昇に共通していることは、気が弱い、とりわけ女性に対して非常に気が弱いことではないかと思っています

投稿: モーツアルト | 2012年4月25日 (水) 12時22分

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