小説 アンドロイド「AYA/2nd」第三章 連載11
第三章 美憂(みゆ)の訪問
1
久しぶりに、ガールフレンドの美憂からメールが来た。雑誌編集の仕事をしている美憂は新春号の準備のため10月位から結構忙しかったようだ。そろそろクリスマスになろうとしている今頃まで一度も会っていなかった。もっとも昇にとっては、それが幸いだった。亜弥のことをどう説明して良いのかきちんと考えていなかったし、この三ヶ月の間、昇にとっての日常はまったく平穏には過ぎてくれなかった。
先月のコンビニ強盗事件だってそうだ。犯人はパトカーに追跡されて、逮捕寸前のところで、亜弥の言う通り、車の入れない路地に逃げ込み、未だに捕まっていないそうだ。警察の事情聴取がまだあるだろうと、昇はいろいろと対策を考えていた。警察が来たら出来るだけ早く帰って貰うことと、変な疑いを持たせないために、予想一問一答集など作り、密かに亜弥と練習した。矛盾が出ないように細心の注意を払った。しかし、一ヶ月近く過ぎた今でも、まだ警察は来ていない。あの事件後まもなく、同じ管内で重機を使ってコンビニのATMを壊し現金を強奪するという、かなり荒っぽい強盗事件と、深夜に酔って歩いていた男性に重傷を負わせ、金品を強奪するという通り魔的な事件が二件もあったため、おそらく警察は、被害者への追加事情聴取どころではなかったのではないかと思われる。この三つの事件は未だに解決されていない。
美憂のメールは、
「仕事が一段落したので、久しぶりに会いたい。クリスマスコンサートのチケットを手に入れたそうなので楽しみにしている」という、美憂らしいとてもシンプルなものだった。金曜日の夕食後、しばらくぶりに、美憂の小さな丸い顔が浮かんで、昇はキッチンのテーブルでにんまりした。キッチンには夕食で食べた鶏と白菜のチーズパスタの臭いがまだ少し残っている。その臭いに負けないようにスターバックスのクリスマスブレンドが良い香りを立てている。食器類はきちんと片付けられ、流し台には水一滴ついていない。ガステーブルのガラストップは完璧に拭き上げられていた。亜弥がした仕事である。昇もきちんと片付けないと気持ちが悪いと思う方だが、それを見て学習した亜弥の仕事はもっと完璧である。
ニュース以外はほとんどテレビを見ない昇は、リビングにしている洋室から小さな音でSotte Bosse(ソット・ボッセ)を流している。すこし気怠いCanaのヴォーカルが部屋の中をうっすらと漂う。亜弥がソファーに座り、昇のコンピュータ関係の雑誌を熱心に見ている。街のクリスマスの喧噪とは無縁に、ここでは、時間もゆっくりと漂っている。
「亜弥、美憂からメールが来たよ。会いたいってさ」
亜弥が雑誌から昇の方に顔を向け、笑いもせずに
「そう、良かったね。昇の顔はうれしそうで、そして、少しいやらしいよ」
と、真面目な顔で分析する。
「あのね、分析するのは良いけどね、何でいやらしいんだ」
「だって、映画に出てくる男は、女を抱こうとする時にそういう顔をするもの。そういう表情って一般的にいやらしいっていうんだろう」
昇は、顔をやや赤らめ、咳払いなどして、話を逸らした。まったくアンドロイドはちっともナイーブじゃないなーなどと思いながら。
「あのさー、クリスマスコンサートに行くんだよ。若いアーティストからベテランまで、結構豪華なアーティストがたくさん出てくるらしい。亜弥も連れて行ってやりたいけど、今回はちょっと無理だな」
「わかってる。邪魔をするつもりはないよ。楽しんでくると良い」
今度は可愛いことを言う。
「ひとりでここに居て、退屈しないか」
聞くまでもないことを聞いてしまったと少し後悔した。
「私は人間と違って飽きたり、退屈したりすることはない。何時間でも同じ事が出来る。昇も何時間もコンピュータの前に座っていたり、本を読んでいたりする。半分アンドロイドなのかもしれない」
冗談で言っているのか、本気なのか昇には判断できなかった。Sotte Bosse のアルバムが終わり、亜弥がページをめくる音と、昇が叩くキーボードの音しか聞こえなくなり、部屋が一瞬音を失う。昇がノートパソコンのディスプレーを閉じると
「さぁ、そろそろ僕は寝るよ」
と言って立ち上がり、軽く伸びをしながら自分の寝室に入っていった。亜弥も雑誌を閉じ、若草色のジャギーラグの上に敷いた布団に入り、静かに自らをシャットダウンした。
2
「12/01 08:05 街はクリスマス。たくさんの恋人が歩いている。オレは一人。いつやるの」
いつもの通勤電車で偶然見たケータイの掲示板を見ていた昇は、この書き込みが妙に気になった。(つづく)
| 固定リンク
「小説・童話」カテゴリの記事
- Hello そして……Good-bye(2017.11.21)
- 真夜中の声(後編)(2017.05.21)
- 真夜中の声(2017.05.19)
- 移動図書館(2016.05.11)
- ぼくがラーメンをたべてるとき(2016.03.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
第3章もいい感じで始まりましたね
フランス人の有名なDJ、デヴィッド・ゲッタの作品に
turn me onという曲があるのですが、そのPVにアンドロイドの女性が出てきます。
一度ごらんになると、さらにイメージが膨らむかもしれませんよ
投稿: くるたんパパ | 2012年4月15日 (日) 06時22分
掲示板の書き込みは何を意味するのか...
気になるぅ~
亜弥は自らシャットダウンするんですね。
お目覚めはタイマーかな?
くるたんパパさんへ
turn me on 面白いPVですね。
フランス人かぁなんて思ったんだけど、
曲もいいですね、ファンになりました。
投稿: casa blanca | 2012年4月15日 (日) 08時36分
初書き込みです。
どうしても、前回までのスウェットスーツの男が気になります。
投稿: ブルー・ブルー | 2012年4月15日 (日) 09時44分
くるたんパパさん
>turn me onという曲があるのですが、そのPVにアンドロイドの女性が出てきます
ありがとうございます。1度見てみます。
今回の章に出てくる、ソット・ボッセはくるたんパパさんのCDレビューを参考にさせていただきました。
投稿: モーツアルト | 2012年4月15日 (日) 21時40分
casa blancaさん
いつもご愛読いただきありがとうございます。
>掲示板の書き込みは何を意味するのか...
気になるぅ~
次章にご期待下さい
今、ちょっと書き直しをしています。
>お目覚めはタイマーかな?
はい、そうです
。
投稿: モーツアルト | 2012年4月15日 (日) 21時46分
ブルーブルーさん
初めまして。AYA/2nd 読んでいただいてありがとうございます。
>どうしても、前回までのスウェットスーツの男が気になります。
そうなんですか。キャスティングとしては、特に重要な役割を持っているという設定ではないのです。その他大勢の1人という、自分的にはちょっと苦手で嫌いなタイプという感じかもしれません。
投稿: モーツアルト | 2012年4月15日 (日) 21時54分
こんにちHA
初めまして。
雨漏り書斎主人と申します。
ブルーブルーさんちで、お見かけしました。
モー様の大ファンなので、気になってお邪魔を。
少し徘徊させていただきます <(_ _)>
投稿: 雨漏り書斎主人 | 2012年4月19日 (木) 13時09分