小説 アンドロイド「AYA/2nd」第二章 連載8
「いらっしゃいませ」
と、大声で言い、顔を上げて男を見た。フルフェイスを見ると、これもマニュアル通りに
「お客様、店内ではヘルメットを脱いでいただくこと……」
そこで言葉を飲み込んだ。そして、男の右手の拳銃を食い入るように見た。男は突然振り向いて、入り口の真上の照明に拳銃を発砲した。パンッと乾いた音がして蛍光灯の真ん中に当たる。一瞬蛍光灯が膨らみ、灯りが消えたと同時にガラスが急激に飛び散る。そして、それがゆっくりと床に舞い落ちる。自動ドアの足元には蛍光灯のガラスの破片が散乱した。一秒もかからない時間だろうが、昇には異様にに緩慢に感じられた。次に、三カ所の監視カメラを次々に壊す。手慣れた、予め予定された、一連の動作である。それから、男は店内にいる客に大声で命令した。
「床に俯せになって動くな。動いたら撃つ」
拳銃が本物であるとわかった学生風と、サラリーマン、店員、昇達は男の言う通り、すばやく床に俯せ、じっとしていた。まだ状況が飲み込めていないスウェットの男が茫然と立ちすくんでいるのを見ると、男は、スウェットの真上の照明に、新しく込めた一発を発砲した。砕けた蛍光灯がスウェットの男にゆっくり降りかかる。腕に降りかかったガラスの破片を見て、ヒェーと短い叫び声をあげて、スウェットの男は頭を抱えて床にひれ伏した。
「天から返ってきたか」
亜弥が小さな声で呟いたような気がした。
男は、レジの近くにいた昇と亜弥の側に立ち、他の三人の客に
「靴を脱いでそのままこっちに這って来い。急げ」
いらいらした様子で叫ぶ。
「お前達も靴を脱げ」
と、昇と亜弥に命令する。昇と亜弥が靴を脱ぎ、近くに置く。他の三人の客も近くにやってきた。三人とも小刻みに震えているのが昇にはよくわかった。床には散らばった無数のガラス片が、残った照明を反射し、無数のイルミネーションで彩られている。
「いいか、そのまま絶対に動くな。変な動きをしたら撃つ」
そう言って拳銃を五人に向ける。男は極めて冷静で、はっきりした声で言う。本当に撃つかどうかはわからないが、拳銃が暴発することだって十分に考えられる。とにかく今は男の言う通りにするしかないと、昇も冷静に考えた。だからといって恐怖を感じないわけではない。心臓が痛くなるほど動悸がするし、暑くもないのに脇の辺りにべったりと汗をかいている。
スウェットの男はおでこと鼻の頭にいっぱい汗をかき、ぶつぶつと般若心経を唱えている。学生風の男は予約して買ったばかりのゲームソフトをお腹の下に大事そうに隠していた。もしかしたら命より大切なのかもしれない。サラリーマン風の男は、下ろしたてらしいスーツが汚れるのを気にしているようで、伏せ方が不自然だ。それでも、三人とも小刻みに震えているのが昇にも伝わってきた。店員の様子はカウンターに隠れて見えない。ただ一人、亜弥は、犯人の言う通り、靴を脱いで伏せてはいるが、目は犯人の動きをじっと観察している。亜弥の目に映るすべての映像は一つ一つの情報として蓄積され、次の行動指令と直接結びつく。人間の目以上に一つ一つが鮮明で、曖昧さは一切ない。わずかな隙があれば飛び出しそうな気配がありありと感じられる。昇は、亜弥の手を軽く握り、かろうじて小さな声で
「じっとしていろ」
と、呟く。アンドロイドとはいえ、拳銃で撃たれたら無事では済まないだろうと思う。そのうち、外を通りかかった誰かが、このコンビニの異変に気がついて通報してくれるかもしれない。この時間、まったく通行人がいないわけはない。コンビニ強盗事例の六十%近くが深夜から明け方で、店員が一人で客がいないか、少ない時がほとんどだ。発生件数、年間五百件、検挙率五十%。そう考えると、ここでコンビニ強盗に遭遇しても決して珍しいことではないかもしれない。凶器は九十%以上が刃物で、拳銃は二%程度というから今回のケースは珍しい。拳銃で照明器具を壊してガラスを散乱させ、靴を脱がせて動けないようにするというのは映画やマンガなどでは常套手段ではある。などと、恐怖で一杯の頭の中のどこか覚めた部分で昇は思った。(つづく)
| 固定リンク
「小説・童話」カテゴリの記事
- Hello そして……Good-bye(2017.11.21)
- 真夜中の声(後編)(2017.05.21)
- 真夜中の声(2017.05.19)
- 移動図書館(2016.05.11)
- ぼくがラーメンをたべてるとき(2016.03.20)
最近のコメント