新緑、キラキラ、もう夏なのかな?でも4度目の桜!!
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第4章 聖クリスマス・コンサート
12/20 12:05 線路の向こうに犬がいた。オレを見て吠えた
12/20 12:07 オレが不細工だからか きっとそうだ
12/20 12:10 散髪行った。不細工のくせに髪切った
12/20 12:12 隣の女の人が寝てる 寄りかかられると困るので逃げた
12/20 12:20 大学生の群れが乗った 電車で大騒ぎ
12/20 12:23 こんな明るい性格じゃないと彼女はもちろん女友達もできないんだ きっと
12/20 12:25 真面目に生きると損 どうせ彼女もできないし
12/20 12:30 望まれずに生まれて 望まれて死んでいくのか
12/20 12:33 小学生の女の子が話しかけてきた オレは逃げた
12/20 12:35 どうせオレは不細工だから
早く切ってしまったら良いのにと思いながら、昇は掲示板の書き込みを見ていた。聞きたくもないのにつづきが気になるひどいうわさ話のように、胸の中に不快感をため込みながら、なかなか掲示板を移動出来なかった。
いつもの男だ。「自分は不細工であること」「イケメンへのひがみ」「自分以外には彼女がいること」。継続的で執拗で無意識なコンプレックスを持っている男。昇は学生時代に読んだユングの精神分析を思い出した。「個人的無意識は、意識層の自我に隣接し、かつては意識層にあったものや忘れ去られた記憶や感情、思考を内包する。普遍的無意識は個人的無意識よりも深層にある。そしていずれも意識されることはないが、形成された普遍的無意識が下地となり、個人的無意識のなかにこそコンプレックスを生み出すことになる」この男はまさにそうだと思う。無意識の中で増幅するコンプレックス。それはコントロールされることなく増幅し、危険なエネルギーを持つ。
「昇、今日はでかけないのか」
亜弥の言葉で昇は我に返りケータイを閉じた。穏やかな日差しがソファーの隅々まで当たり、その陽だまりの中で亜弥は本を読んでいた。
「もうお昼か。そうだね、久しぶりにナムプリックでトムヤムクンでも食べようか」
風は冷たいが、日差しの暖かい暮れの街を、二人は駅前に向かって歩いた。
12/25 13:00 「ちょっとしたことでキレる」満たされた人がよく言う
12/25 13:05 ずーとぎりぎりいっぱいだったからちょっとしたことでキレるんだ
12/25 13:10 今日もちょっと体調が悪い
12/25 13:13 ちょっと雨 準備は完璧なのに
12/25 13:15 まあ、いいや 雨天決行
12月25日、木曜日。午後5時30分の定時になると同時に、昇はシステム管理室を出た。
「木村さん今日は早いね」
IDカードを首にかけた同僚が、廊下で声をかける。
「今日はちょっとね」
昇がにっこり笑って答える
「メリークリスマス!」
同僚が軽く右手をあげてすれ違った。6時開場、7時開演。何度も見たはずのチケットを、もう一度スーツの内ポケットから取り出し時間を確認した。六時半に会場入り口で美憂と待ち合わせをしている。時間は十分にある。午後まで降っていた雨はすっかり上がっていた。駅まで歩いて、地下鉄に乗るつもりだ。イブである昨夜と比べると、クリスマスのイベントはすでに下火で、気の早い店では、クリスマスのPOPをすっかり片付け、お正月の飾り付けをしている。昇は、目まぐるしく移り変わる街の様子を見ると、この国の柔軟さとたくましさに驚いてしまう。駅に着いて、地下鉄への階段を降りた時、階段を上ってくる黒いキャップの男とすれ違った。黒いダウンにジーンズ。黒いスニーカーの若い男とすれ違いざまに、ほんの僅か目があった。何の関連もなく、昇は掲示板の書き込みを思い出した。嫌なニュースを見た時のような胸の悪さを一瞬感じ、打ち消した。(つづく)
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先週の話になります。アーカイブスです。
仙台に用事があり、ついでに小田さんの東北限定のコンサートに行ってきました。
出発した大阪空港は20度を超えていました。
仙台空港に着いたら10度でした。桜前線を北上した感じでした。
仙台駅から出るシャトルバスはホントに長蛇の列で、一向にバスが来ません。10度以上の温度差の中で、いつ来るか分からないバスを待つというのは結構つらいものでした。
あんまりバスが来ないし、何のアナウンスもない中で、待っている人々も動揺し、急遽4人をつのってタクシーで行く人も出てきました。不安になった僕も、タクシーの同乗者を募っていた人の呼びかけに応じてタクシーに乗りました。
やれやれこれで安心
と、思っていたら、ものすごい渋滞で、1時間半位かかり、結局は20分遅れで宮城・セキスイハイムスーパーアリーナにようやくたどり着きました。
そんな難行苦行もすっかり忘れ、小田さんのコンサートを楽しみましたが……
運転手さんの話によると、この宮城・セキスイハイムスーパーアリーナは、震災時には、とりあえずの避難所になっていたそうで、ここで亡くなった人もたくさんいたらしく大変な状態だったそうです。
そんな思いも含めて、小田さんの歌が心に染みました。
それにしても、寒い日でした。一週間経った今では信じられないことですが。
今年は長いこと桜を楽しむことが出来ました。
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確かに布団の上に、昇のトランクスと亜弥のショーツが絡み合うようにあった。
「こ、これは亜弥が洗濯物を干すときにうっかり落としてしまったものだよ。な、なあ、亜弥」
弁解したり、あせったりする必要なんか何も無いはずなのにと思いながら、昇は亜弥に同意を求める。
「私にはわからない」
亜弥が平然と言う。そして、昇の顔をチラッと見た。表情は変わっていないが、その目に、微かに悪戯っぽい光を昇は見たような気がした。
「ふーん、洗濯物ね。うまいこと落ちたものね」
美憂は確かめもせずに昇の方を見て
「これはお土産のケーキよ。とってもおいしいので食べてみてね」
と言って、両手で持ったケーキの小箱を目の高さまで上げると、そのまま床にたたきつけた。床に落ちた小箱からモンブランとチョコレートケーキ、ショコラのロールケーキが飛び出し、ラグにべたっと張り付いた。美優はそのまま玄関に向かい、あっという間に外に出てしまった。あわてて走る昇が、転がったケーキを踏んだ。クリームの嫌な感触を足の裏に感じながら美憂の後を追った。チラッと振り返って見た亜弥の顔がにやっと笑ったような気がした。
生クリームのついた素足のまま、スニーカーを突っかけ外に出た。少し冷たい風が、昼前の穏やかな空気をかき乱すように吹いていた。昇には温度の変化を感じる僅かな精神的な隙間さえなかった。ゆるい下り坂を前のめりになりながら走り、何の躊躇もなく大股で歩く美憂にやっと追いついた。弁解するのも馬鹿らしいと思いながらも
「美憂、これは完全な誤解だよ。前にも話したように亜弥はアンドロイドだ。それが僕と寝たりすることはあり得ない。僕らの常識からすると確かに信じることは難しいかもしれない。僕だってこの状況をうまく解釈できていない。でも、亜弥がアンドロイドで、僕の部屋にいっしょに居ることは、今日が12月13日であることと同じくらい確かなことなんだ。うまく信じられないかもしれないけど、僕が、そんな手の込んだバカみたいなウソを言うはずないだろう」
美憂は振り向いてジロッと昇を見つめ、足を止めた。
「……そうね、確かに、昇がそんな馬鹿げたウソは言わないわね。私の常識の回路はまだかなり抵抗しているけど、あなたがそんなウソを言う人じゃないことは確かなことね。でも、何だかとても腹が立つ」
と言いながらも、顔中に貼り付いていた強ばりが少しずつ緩んでいく。美憂の変化する表情を見て、昇はちょっと安心した。そして、美優の手を取って、近くの、コーヒーショップも兼ねているパン屋さんに誘った。ガラスのドアを開くと、外から見るよりも店の中はずっと広かった。壁に沿って棚があり、幾種類ものパンが種類毎にバスケットに入り、きれいに並んであった。店の半分ほどに、四人がけのテーブルが三つと二人のテーブルが一つある。客は誰もいない。テーブルもイスもきちんと並べられていて、驚くほど端正で、清潔だった。昇は、予め決められたルールを守るかのように、木製のプレートと金属のトングを持ってそれぞれのパンを一つずつ選んだ。レジには、五十台の男性が一人立っていた。ここに立っているよりは、役所の奥の方の机に座っているのが似合いそうなこの人は、それでも、サロンエプロンを身につけ、何とかこの店に馴染もうとしている。昇はパンの代金を払い、コーヒーを二つ注文して、奥の二人がけのテーブルに美優と座った。道路側にある出窓風になった窓の内側に、小さな観葉植物が二つ、暖かな日差しを浴びていた。この日差しからするとそろそろお昼かなと、昇は思った。
「彼女は部屋でどうしているの。ちょっと大人げないことしたかな。その、いくらアンドロイドといってもね……」
ちょっと反省している風な美憂を見て、昇はやっと緊張が解けた。
「亜弥はいつものように音楽を聞いて、本を読んでいると思う。ちょっと気が利くようになったから、その前にケーキを片付けているかもしれないな」
「いつまであのロイドちゃんといっしょに居るつもりなの」
美憂は、昇が名付けた亜弥という名前が気に入らないらしくわざとそんな風に呼んで、何の装飾もないプレーンなパンの一かけを口に入れた。左側の頬がプッと少し膨れてゆっくり動いた。えくぼが見えなくなった美憂の頬を見つめて、昇は少し微笑んだ。
「さぁ、僕にもわからない。モニター期間がいつまでなのか書いていないし、問い合わせ先も書いていない。でも、今のところ特に不具合もないし、僕が困ることは何にもないようだ。それに……」
ちょっと可愛いしね、というセリフを昇はあわてて飲み込み、一呼吸置いて
「最近いろいろと家事を覚えて、ちょっと助かるところもある」
そう言って昇は、美憂と目を合わせないようにコーヒーを飲んだ。
「私も時々様子を見に来るわ。何か困ったことがあったらいつでも連絡して。それと、今度のコンサートとても楽しみにしている。もうすぐね。昇は風邪など引かないように十分注意してね。少なくともコンサートが終わるまではね」
美憂は少し心配そうな顔でそう言うと、残りのパンを小さな口に全部押し込んで、残ったコーヒーをグイッと一飲みした。
昇が部屋に戻ると、亜弥は、予想通りウォークマンで音楽を聞きながら本を読んでいた。昇に気がつくと、新書版の「すぐにわかる現代の世界情勢」を閉じて、おかえりって、目で言った。ラグに散らばっていたケーキはきれいに片付いていた。
「美憂はどうした」
一応は気にしていたことを知って昇は少し驚いた。
「うん、機嫌良く帰ったよ。それよりも、亜弥、君はわざと洗濯物を僕の布団の上に置いたんじゃないか?」
亜弥は、昇の質問にはまったく答えず、ウォークマンを聞きながらラグの上で不自然なストレッチを始めた。(第2章完)
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一刻も早くこの場を立ち去ろうとしたのだが、
「あら偶然ですね。私も紀伊国屋なの。そこまでご一緒しましょう」
などと言って、昇の心情をまったく意に介さない。しかも妙に馴れ馴れしく密着してくる。昇が少し離れようとすると、いつの間にかすぐ側にいる。彼女が話す社員のうわさ話などを半分以上聞き流しながら、昇は適当に相づちを打つ。紀伊国屋に近づいてきたので、じゃーまた……と言いかけた時に、
「もしかして、これから会う人って彼女だったりして」
昇が聞こえなかった振りをすると
「いいなーデートか。私も彼氏がほしいなぁ」
などと言って、昇に腕をからませたりする。昇は、こんなところを美憂に見られたら大変だと思い、あわててからんだ腕を離そうとする。すばやく紀伊国屋の入り口付近の右から左に視線を走らせる。そして、美憂としっかり目があった。もちろんその目は笑っていなかったし、薄めのルージュの口許がピクピクっと動いて、右手に持っていたヨドバシカメラの紙袋が小刻みに震えていた。道路ひとつ離れた昇からもはっきり確認できた。昇は、彼女への挨拶もそこそこに美優の元に走っていった。
「誤解しているかもしれないけど、彼女はうちの会社の同僚で、まったく何でもない。時々ああやってからかったりして喜んでいる。変わった子なんだよね」
「そうらしいわね。私は誤解なんてしていないわよ。あっ、これあなたが欲しいって言っていたデジタル一眼のレンズよ」
きれいに包装されたレンズの包みが入った紙袋を、昇に手渡そうとして、直前で落とす。
「あら、ごめんなさい。滑ってしまった」
その顔はちっともすまなそうではなかった。昇は、美憂の右頬がぴくぴくっと動いたことも確認した。そして、彼女は、その場で、予約していたイタリアンの店をキャンセルし、わざわざ西口の立ち食いうどんの店に連れて行ってこう言った。
「この店、テレビでも紹介されていてとってもおいしいのよ。イタリアンより気楽でいいわよね」
顔は笑っていたが、視線は昇の瞳を貫いていた。
今週の十三日、土曜日に美憂がやってくる。もちろん亜弥には美憂のことを詳しく話している。詳しくというのは論理的にも、心理学的にもということである。
「ガールフレンドって何だ。恋人とは違うのか。ただの友達か」
亜弥の散文的で微妙な質問に、昇は答えに困った。
「もちろんただの友達ではない。僕は、ただの友達と寝たりはしないからね。でも、恋人かと言われると微妙だね。彼女がどう思っているかってこともあるけど、世間でいう恋人みたいな関係とは違う関係もあり得るし、いろんな意味で、もっとお互い自立した関係でいたいと思うし、男女であると同時にきちんとした友人でもありたいと思っている」
「何だかよくわからない。だいたいが、人間は自分に都合が良いように、友人と恋人の定義を替えたりする。でも、私はどっちでも良い。昇がそう思っている美憂をよく観察したい」
昇は苦笑した。美優にどう説明するかあれこれ考えるよりも実物を見せた方が早いか、などと楽観的に考えることにした。
土曜日は朝からとても良く晴れていた。パリの街の日常風景を表現した「オー・ド・メール」のロールスクリーンを上まで巻き上げ、窓の大きさに切り取られた風景に置き換えた。久しぶりの洗濯物もよく乾きそうな、柔らかな日差しが、さっき干された白いバスタオルにはね返っていた。この時季には珍しい穏やかな風が、亜弥のブルーのTシャツを微かに揺らしていた。亜弥が洗濯かごを抱えて、東側にある寝室からリビングに戻ってきた。洗濯機が置いてある洗面所に近いため、通常、ベランダには寝室から出入りする。
「昇、布団は干さないのか」
所帯じみた亜弥の言葉に少し驚きながら
「もういいよ。もうすぐ美憂が来る頃だ。そこに座って待っててよ」
昇が言うのと同時に玄関のチャイムが鳴った。美憂には電話で、亜弥が来るに至った経過を予め説明している。美優は九十%信じていないようだった。昇はそれ以上説明することをあきらめ
「とにかく会って、よく観察してみて」
と言って電話を切った。
美優はざっくりしたオフホワイトのセーターにジーンズという格好で、小さな丸い顔に長めのワンレングスボブが良く似合っていた。
「ああ、この子が亜弥さんね。初めまして」
美優は僕の顔を見る前に亜弥を見て言った。口許は微笑んでいたが、目は鋭く亜弥を観察していた。アイボリーのVネックセーターにジーンズの亜弥は、立ち上がって「こんにちは」と言って少し微笑んだ。コミュニケーション的にはかなり進化したと昇は思った。
「ホントに久しぶりだわ」
美憂はリビングを見渡し、サイドボードの黒猫ジジの小さなぬいぐるみを人差し指でつついた。それから隣の昇の部屋のドアを開けた。しばらく部屋の中を見た後、振り向いて初めて昇の顔を見た。
「へえ、昇のふとんに亜弥さんの下着とあなたのトランクスが並んで置いてあるのね。何をしていたんだか」
手を組んだ美憂は、今度は顔も目も笑っていなかった。笑っていないのに右側の口角だけ少し上に上がっていた。何のことか見当が付かず、昇は、美優を避けるようにして自分の部屋を覗いた。確かに布団の上に、昇のトランクスと亜弥のショーツが絡み合うようにあった。(つづく)
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「12/01 08:05 街はクリスマス。たくさんの恋人が歩いている。オレは一人。いつやるの」
いつもの通勤電車でケータイの掲示板を見ていた昇は、この書き込みが妙に気になった。十二一日、いつもの月曜日の車内風景である。都心に向かう電車はいつものようにラッシュで、一様に不機嫌そうな人々がケータイの小さなディスプレーに釘付けになっている。小さく折りたたんだ新聞を読んでいた男が、ちらっちらっと隣に立つOL風の女性のケータイを盗み見る。隣の他人の出勤前の気怠さと憂鬱さがきっちり密着した衣服から伝わってきそうな程の人なのに、電車の中は走行音と、時折聞こえる車掌のアナウンスの音しか存在しない。師走に入ると、電車の吊り広告もクリスマス一色になる。運良く座れた座席を立つ前にさっきの掲示板に目を通す。
「12/01 08:30 世の中に正義と悪があるとすれば、俺は間違いなく悪だ。いや、もしかして正義かも知れない。世の中の下らない奴らを消滅させる正義の使者か?」
無言の圧力に押されるように昇は慌ただしく電車を降りる。こんなにたくさんの人がいるのに、聞こえるのは規則正しいフォービートの夥しい靴音だけだった。昇は、表情の無い人の流れに乗り、いつもの改札を出た。
会社に入り、定例の社内のネットワークシステムの点検を始める。いくつかのトラブルに対応している内に、昇は朝の掲示板の書き込みのことなどすっかり忘れてしまった。十時の小休憩。昇は社内の自動販売機で熱い缶ヒーヒーを買い、近くのテーブルに座る。三、四脚あるテーブルには昇以外誰もいなかった。全面ガラス張りのこのコーナーには、昼前の柔らかな日差しが差し込み、鉢植えの観葉植物を包み込んでいた。いつも美しい緑色を保つこの植物は、季節の移ろいをどのように感じ取っているんだろうなどと考えながら、昇はケータイを開け、掲示板をチェックする。
12/01 10:05 イライラする。誰か俺を止めてくれ
12/01 10:08 彼女なんか絶対出来ないのに。男友達だって出来ないのか
12/01 10:10 奢った時だけ友達かよ
12/01 10:13 イケメンだったらお金なくても友達できるのに。クソ
短い書き込みが二、三分おきに延々と続きそうだ。
「甘ったれるな、バカ。そんなんだから彼女も友達も出来ないんだ」
と、口に出しながら、昇は胸の奥の方にべったりと張り付くような、濡れた手に貼り付いたティッシュペーパーがいつまでも剥がれないような、不快感を感じていた。勢いよくケータイを閉じて、少し冷めた缶ヒーヒーを飲み干した。
クリスマスコンサートは十二月二五日だ。その前に一度昇のマンションを訪ねるそうだ。昇は会社帰りの電車の中で考えた。
「亜弥を隠すか、美憂に打ち明けてしまうか」
別に悪いことをしているわけでもないし、ガールフレンドの美憂を裏切っているわけでもない。隠す必要などまったくないし、今後のこともある。打ち明けてしまうのが妥当だと思う。しかし、昇は単純にそういう結論には至らなかった。それは、事情が常識を越えているのと、普通に見たら若い女の子と一緒に暮らしている事実は決して美憂を幸せにはしないだろうと、常識的に思ったからだ。しかし、あれこれと考えた末に、結局事情を話すことに決めた。隠した時のメリットとデメリットを冷静に考慮すると、打ち明けた方がはるかに平和的だという結論に達した。以前の出来事を思い出したからである。
半年ほど前のことである。
新宿で美憂と待ち合わせをしていた。ちょうど昇の誕生日だったので、そのお祝いに映画を観て、食事をする予定だった。東口を出たときに、偶然会社の子と出会った。彼女はいつもそうなのだが、妙に馴れ馴れしい態度を取る。この時も、必要以上に昇に密着し、
「木村さん、偶然ですね。これからどちらまで」
などと、可愛いそぶりをする。
「ああ、ちょっと人と待ち合わせをしていて、そちらに向かうところです」
そこにある空気にでも話しかけるように、出来るだけ素っ気なく言ったつもりである。
「どちらで待ち合わせですか」
なおも可愛く食い下がる。
「紀伊国屋です。では、急ぎますので……」
一刻も早くこの場を立ち去ろうとしたのだが
(つづく)
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大阪には硬貨を作っている所があります。普通は入れませんが、この時期だけ入れます。
そうんなです。「造幣局の桜の通り抜け」なのです。
少し前の話になりますが、たまたま天満橋(造幣局の桜がある場所)を通ったので、わずかな時間でしたが、大急ぎで通り抜けてきました。
ここは、大阪の人にはお馴染みの場所で、この時期は観光地にもなります。団体客なども来ています。
僕も随分昔に行ったっきりで、今回がまだ二度目です。近くに居ても案外行かないものです。
でも、さすがですね。それは、それは見事でした。
ソメイヨシノが終わった今頃に、また、花見が出来るとは思ってもいませんでした。
ちなみに、造幣局というのは硬貨だけを作っている所で、紙幣は日銀の管轄なんだそうです。国民にとっては同じお金なのですが、違う組織で作られているんですね。造幣局は独立行政法人なのだそうです。いやー、いろいろと知らないことが多いです(僕だけだと思いますが(^^;))
その通り抜けも今日が最終日です。
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先週、楽器屋さんで面白いものを見つけてきました。
ギターのピックフォルダーなのですが、蝶ネクタイのように見えませんか?
マーチン君に良く似合っていませんか(^^)
ちなみに、このピックはうちの奥さんの誕生日のプレゼントにした「コブクロ」のアルバムにおまけでついていたものです。
ところで、マーチン君は弾けば、弾くほど、少しずつ僕好みの音になってきているようで、すごくうれしいです。
技術的にはまだまだなのですが、マーチン君の音を聞くだけで、癒されます。そして、がんばって練習するぞー!!
などというモチベーションが沸々と湧いてきます。そのうち、上手になったら、マーチン君の音をアップしますね。
いつのことやら(^^;)
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第三章 美憂(みゆ)の訪問
1
久しぶりに、ガールフレンドの美憂からメールが来た。雑誌編集の仕事をしている美憂は新春号の準備のため10月位から結構忙しかったようだ。そろそろクリスマスになろうとしている今頃まで一度も会っていなかった。もっとも昇にとっては、それが幸いだった。亜弥のことをどう説明して良いのかきちんと考えていなかったし、この三ヶ月の間、昇にとっての日常はまったく平穏には過ぎてくれなかった。
先月のコンビニ強盗事件だってそうだ。犯人はパトカーに追跡されて、逮捕寸前のところで、亜弥の言う通り、車の入れない路地に逃げ込み、未だに捕まっていないそうだ。警察の事情聴取がまだあるだろうと、昇はいろいろと対策を考えていた。警察が来たら出来るだけ早く帰って貰うことと、変な疑いを持たせないために、予想一問一答集など作り、密かに亜弥と練習した。矛盾が出ないように細心の注意を払った。しかし、一ヶ月近く過ぎた今でも、まだ警察は来ていない。あの事件後まもなく、同じ管内で重機を使ってコンビニのATMを壊し現金を強奪するという、かなり荒っぽい強盗事件と、深夜に酔って歩いていた男性に重傷を負わせ、金品を強奪するという通り魔的な事件が二件もあったため、おそらく警察は、被害者への追加事情聴取どころではなかったのではないかと思われる。この三つの事件は未だに解決されていない。
美憂のメールは、
「仕事が一段落したので、久しぶりに会いたい。クリスマスコンサートのチケットを手に入れたそうなので楽しみにしている」という、美憂らしいとてもシンプルなものだった。金曜日の夕食後、しばらくぶりに、美憂の小さな丸い顔が浮かんで、昇はキッチンのテーブルでにんまりした。キッチンには夕食で食べた鶏と白菜のチーズパスタの臭いがまだ少し残っている。その臭いに負けないようにスターバックスのクリスマスブレンドが良い香りを立てている。食器類はきちんと片付けられ、流し台には水一滴ついていない。ガステーブルのガラストップは完璧に拭き上げられていた。亜弥がした仕事である。昇もきちんと片付けないと気持ちが悪いと思う方だが、それを見て学習した亜弥の仕事はもっと完璧である。
ニュース以外はほとんどテレビを見ない昇は、リビングにしている洋室から小さな音でSotte Bosse(ソット・ボッセ)を流している。すこし気怠いCanaのヴォーカルが部屋の中をうっすらと漂う。亜弥がソファーに座り、昇のコンピュータ関係の雑誌を熱心に見ている。街のクリスマスの喧噪とは無縁に、ここでは、時間もゆっくりと漂っている。
「亜弥、美憂からメールが来たよ。会いたいってさ」
亜弥が雑誌から昇の方に顔を向け、笑いもせずに
「そう、良かったね。昇の顔はうれしそうで、そして、少しいやらしいよ」
と、真面目な顔で分析する。
「あのね、分析するのは良いけどね、何でいやらしいんだ」
「だって、映画に出てくる男は、女を抱こうとする時にそういう顔をするもの。そういう表情って一般的にいやらしいっていうんだろう」
昇は、顔をやや赤らめ、咳払いなどして、話を逸らした。まったくアンドロイドはちっともナイーブじゃないなーなどと思いながら。
「あのさー、クリスマスコンサートに行くんだよ。若いアーティストからベテランまで、結構豪華なアーティストがたくさん出てくるらしい。亜弥も連れて行ってやりたいけど、今回はちょっと無理だな」
「わかってる。邪魔をするつもりはないよ。楽しんでくると良い」
今度は可愛いことを言う。
「ひとりでここに居て、退屈しないか」
聞くまでもないことを聞いてしまったと少し後悔した。
「私は人間と違って飽きたり、退屈したりすることはない。何時間でも同じ事が出来る。昇も何時間もコンピュータの前に座っていたり、本を読んでいたりする。半分アンドロイドなのかもしれない」
冗談で言っているのか、本気なのか昇には判断できなかった。Sotte Bosse のアルバムが終わり、亜弥がページをめくる音と、昇が叩くキーボードの音しか聞こえなくなり、部屋が一瞬音を失う。昇がノートパソコンのディスプレーを閉じると
「さぁ、そろそろ僕は寝るよ」
と言って立ち上がり、軽く伸びをしながら自分の寝室に入っていった。亜弥も雑誌を閉じ、若草色のジャギーラグの上に敷いた布団に入り、静かに自らをシャットダウンした。
2
「12/01 08:05 街はクリスマス。たくさんの恋人が歩いている。オレは一人。いつやるの」
いつもの通勤電車で偶然見たケータイの掲示板を見ていた昇は、この書き込みが妙に気になった。(つづく)
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だいぶ前に壊れて動かなくなったタワー型のゲートウェイのPCをやっと処分しました。
部屋の徹底整理を継続中で、このゲートウェイも仕分けの対象になります。かなり長い間部屋の片隅に放置していたので、存在すらも忘れてしまっていました。
ようやく気がついて、とりあえずハードディスクを外しました。てっきりハードディスクが壊れていると思っていたのですが、外付けハードディスクとして別なPCに認識させてみると中のデータはきちんと生きていました。
「なーんだ、起動ファイルの一部が壊れていただけなんだ」
と思ったのですが、ずいぶん前に代わりのタワー型のPCもすでに買っているし、XPなので今更使いません。
買った店に引き取りをお願いしたら、メーカーに電話するように言われ、メーカーからは、販売店のホームページから申し込むように言われたのですが、どこにも書いていません。もう一度メーカーに電話すると、別の人が「PC3R」のサイトを教えてくれました。ここで、やっと解決です。やれやれ。
販売店も、メーカーの最初に応対した人も、何故このことを知らないのか、まったく不思議です。
リサイクル対象PCだったので、引き取りは無料でした。自分で簡単な梱包をしてゆうパックの着払いで送ります。
これで一件落着。しかし、PCの処分って結構大変なんだと初めて知りました。そういえば、今までの古いパソコン(ノート5台)はそのまま処分されずに、家の何処かに眠っているはずです。あー、恐ろしい。
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男は、そのわずかな隙を逃さなかった。サラリーマン氏を払いのけ、二人の男を蹴って立ち上がり、すばやくカウンターをくぐり、おでんの大きな鍋を通路に払いのけ、自動ドアに向かった。床にはおでんが飛び散り、具のひとつひとつが微かに湯気を立てながら行き場を失った。あっと言う間の出来事だった。五人が一斉に追いかけた。しかし、入り口に散らばった照明器具のガラスの破片を前に、靴を履いていない五人は思わず立ち止まってしまった。男は、泣きながらうずくまっていたスウェットの男を踏みつけ、空いたままの自動扉から外に飛び出した。亜弥だけがガラスの破片の上を歩き男を追った。しかし、亜弥が外に出たときは、二五0CCのオフロードバイクが後輪をスリップさせながら市道に入るところだった。同時に、赤色灯を点滅させてサイレンをならしながら、パトカーと、先導するように白バイが二台、猛烈なスピードでコンビニに近づいてきた。亜弥がバイクを指さすと、白バイを一台残し、そのままバイクを追跡した。パトカーの四秒周期のサイレン音と、耳の奥に突き刺さるような高音の白バイのサイレンが不協和音を響かせなから遠ざかっていく。
亜弥が店内に戻ると、五人がそれぞれ心配そうに迎えた。五人ともすでに靴を履いていた。
「亜弥、犯人は逃げたのか」
昇が興奮気味に訊ねる。
「ええ。でも、捕まるかどうかはわからない。バイクは何処へでも入り込めるから」
亜弥は特に興奮した様子もなく冷静に答えた。
「そうだね。また何処かのコンビニで出会うかも知れないな。そうならないと良いけど」
その時、白バイの警官が、短い警棒を手に店内に入ってきた。すばやく店内の様子を確認すると
「皆さんお怪我はないですか」と訊ねる。
スウェットスーツがおずおずと、
「あのー、もう帰ってもいいでしょうか」と、警官に訊ねた。
警官は、スウェットスーツを一瞥すると
「申し訳ありませんが、少し事情を聞かせていただきます。皆さんにも」
と言って、五人を順に見る。最後に見た昇に視線が止まる。昇は仕方なく簡単に経過を説明する。そして、亜弥の行動については特に慎重に
「妹の亜弥は、子どもの頃から少林寺拳法をやっていたので、怖いのに、夢中で犯人に抵抗し、運が良かったのか、習った技で必死に犯人を取り押さえたようです。すごく怖かったと思います」
と、さも恐ろしそうに付け加えた。隣の亜弥は下を向いている。
「そうですね。今回はたまたま無事だったようですが、非常に危険な行動です。二度目はないように気をつけてください。ところで、妹さんは何段ですか」
一瞬何のことかわからなかったが、
「あっ、よ、四段だったよな」
と、亜弥の方を向いて昇が答える。亜弥は下を向いたまま小さく頷いた。警官は、事件に対する昇の説明を確認するように他の四人を見る。四人は一斉に頷く。
「今日のところは、遅いですから皆さん帰ってもらって結構です。もしかしたら、後でもう少し事情をお聞きするかもしれませんので、一応住所と名前、年令を書いていってもらえますか。あなたはもう少し話を聞かせてください」
と店員を見て言った。昇達と三人の客は、警官の差し出すメモにそれぞれ住所と名前、年令を書く。昇はほんの少しだけ考え、亜弥の年令を二十二才と書いた。
「あっ、そうだ。これ犯人から取り上げた拳銃です。お渡ししておきます」
昇は注意しながら拳銃をポケットから取りだし、銃口を自分の方に向けて、メモといっしょに警官に渡した。
「ご苦労様でした」
と、丁寧に挨拶して店を出た。店を出るときに、昇はチラッと振り向く。まだ少し青ざめた顔の店員が真剣に警官と話しているのが見えた。大学生風が近づいてきて、
「すごかったスよね。ゲームみたいだったな。でも、妹さん強かったスよね。カッコ良かったな――。こんな経験って滅多にあることじゃないからな。何かゲームのテーマに出来そうスね」
大学生風は何だかまだ興奮して、亜弥を惚れ惚れとした目で見ながら言った。
「いやいや、妹は夢中でやっただけで、今はすごくこわがっていますよ。それに、コンビニ強盗なんてありふれすぎてゲームにはならないですよ」
昇は、これ以上事件の話をしたくないという雰囲気を感じさせるように話した。亜弥は黙って下を向いている。
「そうでしょうね。怖かったでしょう。僕なんか今も少し震えて、きちんと歩けない位です。でも、凶器を突きつけられて脅されると、人間って弱いですよね。まったく何にも出来なくなりますからね。一対六なのにね」
いつの間にか側にいたサラリーマン氏が自嘲的に話すのを聞いて、昇は
「それじゃ、失礼します」と言って足早に三人から離れた。
二人が市道に出て少し歩いた頃、サイレンを消して赤色灯だけ点滅したパトカーがコンビニに入っていった。
「昇、私は妹なのか」
「妹みたいなものさ。それが一番無難だと思う。あれこれ詮索されると困るからね。でも、マスコミに知られたりすると困るな。何か対策を考えておかないとね」
「マスコミってそんなに大変なのか」
「全部が全部そうだとは思わないが、懲りない連中がいっぱいいるからね。関わらない方が無難だよ。ところで君には格闘技のスキルがプログラミングされているようだね。あれだけ冷静に判断できて、確実に技が使えるなんてまったく大したもんだ。君のシステム設計者は、少し偏っていると思うけど確かにすごい。まったく一流だね。今度は何が起こるか楽しみだよ」
苦笑しながら昇が言うと
「私には昇が楽しんでいるようには見えない。そして、今度何が起こるかなんて私には予測できない」
まっすぐ前を向きながら亜弥が答える。
「まったく君には冗談も通じない。まあ、ぼちぼちわかるようになるか。人間のコミュニケーションって結構複雑だからね。それはそうと、フランスパンとヨーグルトを買うのをすっかり忘れてしまった。でも、こんな時間じゃどっちみち朝食は無理だね。ひと眠りしたらどこか外で食事をしようか」
すっかり冷えてしまった体を心持ち寄せ合うようにして、二人はゆっくりした坂道を上った。満月は随分西の方に傾いて朝の到来を予告している。今時珍しい、痩せた野良犬が道を横切って、ちらっと二人を見て、寒そうに路地に消えていった。
「妹か……」
昇は誰に言うともなく呟いた。(第二章完)
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拳銃で照明器具を壊してガラスを散乱させ、靴を脱がせて動けないようにするというのは映画やマンガなどでは常套手段ではある。などと、恐怖で一杯の頭の中のどこか覚めた部分で昇は思った。
「おい、お前、こっちへ来い」
男が突然亜弥の腕を掴んで引っ張る。
「こいつらが変なことをしないようにおまえは人質だ」
男は亜弥に拳銃を突きつけながら、亜弥を前にしてカウンターをくぐり、店員が伏せている左手のレジの近くに来た。男は気づいていないかもしれないが、拳銃を突きつけられた亜弥に恐怖の表情はまったく見られなかった。
「おい、立ってレジを開けろ。札だけこのバッグに入れろ。変なことをしたらこの女を撃つ」
フルフェイスの中からくぐもった声が聞こえる。じっと様子を窺っていた昇は、店員が素直にお金を渡すことを祈った。
店員はこわごわ立ち上がり、震える手でレジを開けた。カウンターの上のおでんが何事もないように暖かな湯気を立て、美味しそうな臭いをレジ周辺に漂わせていた。男と拳銃がなかったら穏やかないつもの深夜のコンビニであったはずである。
ちらっとレジを覗いた男が
「おい、これしかないのか。もっとあるはずだろう」
「午後に店長が来て、売り上げを、レジから奥の金庫に入れて帰るので、今はそんなにないのです」
店員はよく噛み合わない口でかろうじて答え、男の舌打ちを聞き流し、千円札が中心の札束をデイバックの中に入れた。手が震えてバッグの中にうまく入らない。男はイライラしながらそれを見る。ちょうどその時
「ウワーーー」
スウェットの男が叫びながら入り口に向かって駆けだした。男は銃口をスウェットの走る足元に向け発砲した。弾丸が、スウェットの男の踏み出した床に、キュッと音を出してはね返り入り口のガラスにミシっと突き刺さる。一瞬ガラスに無数の亀裂が走る。
「ヒッ!」
奇妙な声を出して、男が転ぶ。散乱したガラスの上に手をついて、痛みに絶叫した。同時に入り口の自動扉がゆっくりと開いた。亜弥は、その隙を見逃さなかった。亜弥に突きつけていた拳銃が完全に横を向く。亜弥は男の右手首をひねり、拳銃を落とすと、そのまま手首の急所を押さえたまま、腕を逆に捻りながら裏固め入った。俯せのまま、右手を捻られたまま上に突き上げられ、手首は逆九十度に固められている。少しでも力を加えられると激痛が走るのか、男はうなったまま少しも身動き出来なくなった。
「昇、拳銃を取って、速く」
亜弥がするどく叫ぶ。茫然と見ていた昇は、その言葉にすばやく反応した。カウンターに潜り込み、千円札に混じった拳銃を取る。わずかに硝煙の臭いのするその拳銃はずっしりと重かった。昔映画で見たS&Wの回転式自動拳銃のように思えた。少し震える手でズボンのポケットに突っ込む。フラフラッと立ち上がった店員に警察に電話するように指示をする。
「亜弥、そのまま待ってろよ」
と言いながら、昇はカウンターを越えて、散乱したガラスに注意しながら売り場の日用雑貨コーナーに向かった。そこにあった荷造り用の細いロープとハサミを手に取ると
「みんな手伝ってください」
と、そこに居た二人に声を掛けた。二人は我に返ったように立ち上がり、それでもまだおそるおそる、靴下のまま、昇の後に付いてきた。亜弥は中腰で、まっすぐに伸びた男の右手首を逆固めしながら押さえつけていた。昇はサラリーマン風の男を指さし
「いいですか、あなたはこの男の背中に馬乗りになって頭を押さえてください。それからあなたは反対向きに足に乗って動けないようにしておいてください」
と、今度は学生風に指示した。二人は少しためらいながらも昇の言う通りにした。店員は護身用の警棒を持ってきて構えていた。亜弥が男の手を離した。昇がロープを取り、男の手を縛ろうと移動した時に、不自然に伸びたサラリーマン風の足に引っかかった。サラリーマン氏が体制を崩し、後ろに反り返った。背中から体当たりをくった学生はそのまま前のめりになり床に倒れこむ。二人ともバランスを崩して力がゆるむ。男は、そのわずかな隙を逃さなかった。
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「いらっしゃいませ」
と、大声で言い、顔を上げて男を見た。フルフェイスを見ると、これもマニュアル通りに
「お客様、店内ではヘルメットを脱いでいただくこと……」
そこで言葉を飲み込んだ。そして、男の右手の拳銃を食い入るように見た。男は突然振り向いて、入り口の真上の照明に拳銃を発砲した。パンッと乾いた音がして蛍光灯の真ん中に当たる。一瞬蛍光灯が膨らみ、灯りが消えたと同時にガラスが急激に飛び散る。そして、それがゆっくりと床に舞い落ちる。自動ドアの足元には蛍光灯のガラスの破片が散乱した。一秒もかからない時間だろうが、昇には異様にに緩慢に感じられた。次に、三カ所の監視カメラを次々に壊す。手慣れた、予め予定された、一連の動作である。それから、男は店内にいる客に大声で命令した。
「床に俯せになって動くな。動いたら撃つ」
拳銃が本物であるとわかった学生風と、サラリーマン、店員、昇達は男の言う通り、すばやく床に俯せ、じっとしていた。まだ状況が飲み込めていないスウェットの男が茫然と立ちすくんでいるのを見ると、男は、スウェットの真上の照明に、新しく込めた一発を発砲した。砕けた蛍光灯がスウェットの男にゆっくり降りかかる。腕に降りかかったガラスの破片を見て、ヒェーと短い叫び声をあげて、スウェットの男は頭を抱えて床にひれ伏した。
「天から返ってきたか」
亜弥が小さな声で呟いたような気がした。
男は、レジの近くにいた昇と亜弥の側に立ち、他の三人の客に
「靴を脱いでそのままこっちに這って来い。急げ」
いらいらした様子で叫ぶ。
「お前達も靴を脱げ」
と、昇と亜弥に命令する。昇と亜弥が靴を脱ぎ、近くに置く。他の三人の客も近くにやってきた。三人とも小刻みに震えているのが昇にはよくわかった。床には散らばった無数のガラス片が、残った照明を反射し、無数のイルミネーションで彩られている。
「いいか、そのまま絶対に動くな。変な動きをしたら撃つ」
そう言って拳銃を五人に向ける。男は極めて冷静で、はっきりした声で言う。本当に撃つかどうかはわからないが、拳銃が暴発することだって十分に考えられる。とにかく今は男の言う通りにするしかないと、昇も冷静に考えた。だからといって恐怖を感じないわけではない。心臓が痛くなるほど動悸がするし、暑くもないのに脇の辺りにべったりと汗をかいている。
スウェットの男はおでこと鼻の頭にいっぱい汗をかき、ぶつぶつと般若心経を唱えている。学生風の男は予約して買ったばかりのゲームソフトをお腹の下に大事そうに隠していた。もしかしたら命より大切なのかもしれない。サラリーマン風の男は、下ろしたてらしいスーツが汚れるのを気にしているようで、伏せ方が不自然だ。それでも、三人とも小刻みに震えているのが昇にも伝わってきた。店員の様子はカウンターに隠れて見えない。ただ一人、亜弥は、犯人の言う通り、靴を脱いで伏せてはいるが、目は犯人の動きをじっと観察している。亜弥の目に映るすべての映像は一つ一つの情報として蓄積され、次の行動指令と直接結びつく。人間の目以上に一つ一つが鮮明で、曖昧さは一切ない。わずかな隙があれば飛び出しそうな気配がありありと感じられる。昇は、亜弥の手を軽く握り、かろうじて小さな声で
「じっとしていろ」
と、呟く。アンドロイドとはいえ、拳銃で撃たれたら無事では済まないだろうと思う。そのうち、外を通りかかった誰かが、このコンビニの異変に気がついて通報してくれるかもしれない。この時間、まったく通行人がいないわけはない。コンビニ強盗事例の六十%近くが深夜から明け方で、店員が一人で客がいないか、少ない時がほとんどだ。発生件数、年間五百件、検挙率五十%。そう考えると、ここでコンビニ強盗に遭遇しても決して珍しいことではないかもしれない。凶器は九十%以上が刃物で、拳銃は二%程度というから今回のケースは珍しい。拳銃で照明器具を壊してガラスを散乱させ、靴を脱がせて動けないようにするというのは映画やマンガなどでは常套手段ではある。などと、恐怖で一杯の頭の中のどこか覚めた部分で昇は思った。(つづく)
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ウォーキングを兼ねて近くの公園に散歩に行きました。むち打ち症の重たい首にむち打って……。
前回蕾だった白木蓮が咲いていました。そして、桜の蕾もかなり生長していました。
今日はかなり寒かったのですが、やっぱり春は少しずつ近づいているんだなって実感しました。
(ケータイで撮ったのでピントも色合いもダメでした)
今日は歩いていても、なかなか身体が暖かくならなくて、指先もいつまでも冷たかったのです。気温が低かったのでしょうね。
そして、今日は4月1日、かつてエイプリルフールと呼ばれていたのです。今はもう死語かもしれませんね。
このエイプリルフールにまつわる面白い話があります。
1980年にBBCが「国会議事堂の大時計ビッグベンがデジタル表示に変わるので針を進呈する」と放送したら、日本から申し込みが殺到したそうです。英国人気質と日本人気質の好対照というところなのでしょうか。今ではあり得ないことですよね。
BBCは昔からエイプリルフールに、この手の悪ふざけをするのですね。1957年にスパゲッティ・ストーリーという番組も作っています。これはなかなか面白かったのですよ。
あっ、誤解しないでくださいよ。僕が1957年に見たわけではありませんから(^^;)。つい2、3年前に見たのです。興味のある方はご覧になってください。といってもYouTubeにあるかな?
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