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2012年5月16日 (水)

小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載19

第5章 失踪

(1)

昇はひどく疲れていた。

二月初旬の冷たい雨に一時間近く晒された。そこらに居るはずはないと思いながらも、探さずにはいられなかった。傘はさしているが、この冷たくてひどい雨は、傘を容易に用無しにしてしまい、昇をひどく打ちのめした。小型車にしてはずっしりと重いミニクーパーのドアを開けた。身体のすべての重さをシートに預け、しばらくじっとしていた。やがて重たそうに右手を伸ばし、イグニッションの丸いボタンを押した。アイドリングが続いた後、エアコンの吹き出しから暖気が出てくる。それは、すっかり冷たくなった昇の身体の隅々まで行き渡り、細かい細胞を甦らせてくれた。昇は、身体を起こして、シフトレバーをDまで下げる。ワイパーのレバーを上げ、少し雨脚の弱くなった駐車場を静かに出た。

昇は、わずかに残された手がかりを頼りに深夜の高速道路を走った。雨はすっかり上がっていた。

「亜弥が突然消えるなんてあり得ない」

堂々巡りのフレーズが、熱を帯びた頭の中で幾度となく繰り返される。ダッシュボードの中央には、実用的な機能の必要性を遙かに超えた大型のスピードメーターがある。オレンジ色の針はほぼ12時の位置、140km/hからまったく動かない。前方には一台の車も見えず、片側二車線のセンターラインとサイドラインが、遙か遠くで限りなく一点に近づいて行く。昇は、車の操作は身体にまかせ、頭の中で様々な仮説を立てては打ち消していった。

亜弥が自分の意志で失踪するはずはない。大日本人間工学研究所が昇に何の連絡もなく回収することも考えられない。真崎という男からかかってきた電話が気になる。もっと詳しく聞いておくべきだった。口の中に酸っぱい感触が走る。後は、滋賀にあるR大学に行ってみるしかないはずだ。

突然、ルームミラーの一点が眩しく光り、それが中央に大きく広がり、やがて、右側のドアミラーに光が移動した。昇がほんの僅か右側に視線を移すと、メルセデスS350の大きな車体が、ほとんど音もなく追い越していった。そして、横長のテールランプがたちまち小さな点になり、やがて闇に消えた。ミニのスピードメーターは依然とし12時の位置にあった。あのメルセデスは優に二百は超えていると、昇は思う。スピードメーターの中に位置するフューエルメーターを見ると、小さな円周上に十等分して配置された四角のランプは、残り一個しか点灯していなかった。

「さっきのSAで入れれば良かった」

昇は舌打ちしながら思った。CDの挿入口しか露出していない銀色のカーオーディオから、この状況にまったく不似合いなCurly Giraffeが静かに流れている。やがて昇は、ガソリンスタンドのアイコンが描かれたSAの標識を確認すると、小さなため息をはき出し、ゆっくりとミニを減速させた。デジタル時計は一時を表示していた。(つづく)

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コメント

前回、そんな気配もなかったのに、亜弥の失踪。
これからどう展開していくのでしょう。

投稿: ブルー・ブルー | 2012年5月16日 (水) 13時36分

亜弥、なぜ消えちゃったんだろう?

感情を持ち始めた?
理不尽な殺人から人を守る為に
姿を消してバージョンアップ?

どこへ行ったんでしょうね。

投稿: casa blanca | 2012年5月16日 (水) 15時35分

ミニ・クーパーが登場するあたりの
描写はさすがですね。
ユーザーでなければわからない細かさです。

Curly Giraffe(カーリー・ジラフ)とは意外でした。

「馬の骨」と「Curly Giraffe」はロックを除けば、最近の日本のバンドでは大好きなバンドです。♪Rootless wanderer♪はご機嫌なナンバーです。近々レビューを書こうと思っていた矢先でした。

投稿: くるたんパパ | 2012年5月16日 (水) 19時34分

ブルー・ブルーさん
いつも読んでいただきありがとうございます。

>前回、そんな気配もなかったのに、亜弥の失踪

そうなんです、何の関連もなく突然
伏線を張っておくべきだったと、今考えています。

投稿: モーツアルト | 2012年5月17日 (木) 11時52分

casa blancaさん
いつも読んでいただきありがとうございます。

>感情を持ち始めた?

この展開、面白そうですね。次の話題の時使ってみようかな

>どこへ行ったんでしょうね

実は、まだ話がきちんと出来ていないので、どうなっていくのか考え中です。

また、いろいろと感想聞かせて下さい<(_ _)>。

投稿: モーツアルト | 2012年5月17日 (木) 11時56分

くるたんパパさん
いつも読んでいただきありがとうございます。

>Curly Giraffe(カーリー・ジラフ)とは意外でした

僕もカーリー・ジラフを何で知ったのか覚えていないのですが、僕も好きなバンドです。たぶん、くるたんパパさんのブログで知ったのだと思います。
このバンドの曲を聞きながら小説を書くと、結構快調に進みます。
レビュー、楽しみにしています。

投稿: モーツアルト | 2012年5月17日 (木) 12時03分

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