小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載3
(※今まで連載のナンバー表記が一定でなかったので、章ごとの回数に変更しました。すみません。)
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「電話に留守録が入っていた」
と、昇の方をチラッと見て言った。相変わらず何の修飾も持たない簡潔なセリフ。昇は留守録のプッシュボタンを押して用件を再生した。
「滋賀のR大学の真崎と申します。お願いしたいことがありお電話しました。またご連絡致します」
それだけの短い用件だった。滋賀のR大学といえば有名な私大で、昇も名前は良く知っている。しかし、仕事上でも、プライベートでも直接的な関わりは何もないはずである。多少気になりながらも、また何らかの連絡があるだろうと、それ以上考えないことにした。昇はトーストを焼いて、コーヒー豆をミルで挽き、お湯を沸かした。冷蔵庫にあったハムとキュウリをトーストに乗せ、暖かいコーヒーをゆっくり飲みながら朝食を食べた。いつもと変わらない休日の朝である。
週の始まりの仕事がやっと終わり、帰り支度をしている時に、昇のデスクの電話が鳴った。引っかかるような電話の音に、昇は受話器を取ることを一瞬躊躇した。聞き覚えのある、社内の交換手の女性が外線からだと伝える。すぐに男の声に替わる。
「一昨日お電話したR大学の真崎というものです」
確かに一昨日聞いた留守電の声であった。同時に昇の部屋を見ていた黒のスーツ姿の男が目に浮かんだ。
「不躾で大変申し訳ないのですが、もし、時間のご都合がつくようでしたら、木村さんの退社後少しお時間をいただいてお会いしたいのですが、ご都合はいかがでしょうか」
丁寧であるが、断られることを想定していない自信に満ちた、その男の依頼に
「わかりました。あなたは今どこに居られますか?」
と、昇は思わず答えてしまった。
「あなたの会社の近くに居ます」
すぐ側まで来ているという答えに、多少の不気味さを感じながらも
「会社を出た所にSというカフェがあります。そこで十分後にお会いしましょう」
五分で行けるはずだが、後の五分は昇のささやかな抵抗でもある。ネクタイは外したまま、ボタンダウンのワイシャツにダークグレーのスーツの上着をはおり、黒い薄手のカバンを持って部屋を出た。
きっかり十分後に、昇はカフェのドアを開けた。一番奥の、二人がけテーブル席の男が昇を見て軽く手を挙げた。細身の黒いスーツであったが、あの男ではなかった。昇がテーブルに近づくと、男は立ち上がりスーツの内ポケットからアップルのロゴ入りの名刺入れを取り出し、慣れた手つきで昇に名刺を渡した。昇は名刺を受け取ると、「R大、真崎」という文字だけチラッと確認してスーツの内ポケットに入れた。二人がイスに座ると、若いウエイトレスが水の入ったコップを持って注文を取りに来た。感じの良いそのウエイトレスをチラッと見て、昇は少し気持ちが落ち着いてコーヒーを注文した。
「私にお願いがあるということですが、どんなことでしょう」
男は、昇の質問には直接答えずに
「私達は人工頭脳について研究しています。簡単に言えば、従来のような予め設計されたプログラムを忠実に実行出来るというようなものではなく、経験やコミュニケーションによって進化し、自分で考え、判断できる人工頭脳です。ちょうどあなたの所にいらっしゃるAYAさんのようなものです」
男は微笑みながら穏やかに話しているが、目は笑っていなかった。三十代と思われるこの男は、背筋をまっすぐに伸ばし、神経質そうな細い指を膝の上にきちんと重ねていた。グレーのストライブのネクタイはまったく隙がなく結んである。昇は直感的に、この男は普通の研究者ではないと感じた。そして、少し身構えた。男はそんな昇に無関係に話を続けた。(つづき)
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コメント
この間見掛けた黒いスーツの男とは
別の男。
亜弥は、この二人のどちらかに
誘拐されちゃうのかなぁ。
それとも身の危険を察知して
どこかに身を隠してる?
次回を待つしかないですね。(^~^*)
投稿: casa blanca | 2012年6月17日 (日) 20時03分
casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
そうなんです。黒いスーツの男とは別の男なのです。
昇の捜索、救出作戦の続きを是非読んで下さい。
このお話は、実は、木曜日にやっと完成したばかりなのです。
投稿: モーツアルト | 2012年6月17日 (日) 22時00分
亜弥の出生の秘密が明らかになるのかな?
関係ない話題ですが、
ゴルゴ13では「出生の秘密」に関わるストーリーになると売り上げが伸びるようです。
投稿: くるたんパパ | 2012年6月18日 (月) 05時55分
くるたんパパさん
。
「出生の秘密」ですか、それ良いなー、まだ考えていないのですが、そういうお話も第何話かで取り上げてみたいと思います。
今回は、亜弥を探す昇とその友人の活動が中心になります。よかったら続きを、是非読んで下さいね
投稿: モーツアルト | 2012年6月18日 (月) 10時28分