小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載6
「僕は亜弥を守ることができるだろうか。彼らは具体的に何を仕掛けてくるのだろうか」
結論の出ない推測に疲れ、昇は、昨日届いた学会誌を手に取り、ページを繰った。
―「人・情報とコミュニケーションの知能と機械の機能の融合」に向けて~身体性と知情意・コミュニケーション理解と工学的実現のための人工知能研究~(R大学人工知能研究グループ) 誰でも使える察しの良いシステムを実現するため、身体性と知情意の理解と工学的実現を目標とした人工知能の研究を行っています。特に、人間の主観的な事象の見方に着目した情報処理に基づき、知能の理解と人とのコミュニケーションに基づく、相互理解等の支援を行う技術を実現するため、人間とロボット・機械系の相互作用に関する理論・実験的な研究を行います。そのために、すでに開発済みのあらゆる知見や技術を応用し、開発に利用することも必要であります。あらゆる関係諸機関に呼びかけ開発協力を依頼すると共に、個々に対しても様々なコミットを試みています……。―
昇は、この記事が気になった。特に昇が気になる具体的な事象に直接触れているわけではないが、大学名と研究概要が先日会った「真崎」という男と結びつく。昇はソファーの背もたれから起き上がり、背中を真っ直ぐに伸ばして研究レポートの詳細を読んだ。亜弥を連想させるような具体的なものは無いが、昇が考えていた以上に研究は相当に進んでいること、しかし、機能的な部分に比して、人工知能の部分に関しては理論が先行しており、テクノロジーとの差異が明確である。この手の論文には珍しく、その部分に対する焦りの感情のようなものが随所に感じられる。
「R大学……真崎……」
昇は小さく呟いて、学会誌をテーブルに置いた。タオルで手を拭きながらキッチンから出てきた亜弥は
「コーヒーでもいれようか」と、昇に話しかけた。
「ありがとう。亜弥にコーヒーをいれてもらうのは初めてだな。そんなことをいつ覚えたんだ」
「コーヒーのいれ方なんて何も特別な事じゃないよ。昇がいつもしていることを見ていたら簡単にできることだよ」
特に面白くもなさそうに亜弥は答えて、小さなミルで豆を挽き始めた。反時計回りにハンドルを回し、手応えのなさに首を傾げた後、今度はゆっくりと時計回りに回して、満足そうな顔をした。電気ポットが忽ちお湯を沸かす音を立て、やがてモンブランの深い香りが立ちこめてくる。昇はその香りに少し癒された。亜弥からコーヒーカップを受け取り、立ち上がってカーテンを開け、窓を少しだけ開けた。十三夜の月が、雲がない薄明るい空に少し歪んで見える。すっきりと円になりきれていない未熟な月は、その光さえ不安定で、辺りの風景まで歪ませている。窓を閉めると、煎れたてのコーヒーの香りが部屋を満たし昇は少し落ち着いた。(つづく)
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コメント
僕にとって、人に
コーヒーを入れてもらうことは
すごく特別なことです。
やっぱり好みを知っていないと、入れられませんからね。
亜弥はそんな昇の好みもしっかり見抜いているのでしょうね。
投稿: くるたんパパ | 2012年6月23日 (土) 06時17分
ラストのカーテンを開けてからの下りが
月の不安定さと昇の不安とが交錯して
いいですねぇ。
くるたんパパさんの
>コーヒーを入れてもらうのは
>すごく特別なこと
そういう風にとらえてもらえたら
女性は嬉しいでしょうね。(^~^*)
投稿: casa blanca | 2012年6月23日 (土) 09時36分
くるたんパパさん
その通りですね。その辺も小説に盛り込んだら良かったです。いろんな方に読んでもらうと、いろいろな視点があり、とても参考になります。ありがとうございました。
投稿: モーツアルト | 2012年6月23日 (土) 10時57分
casa blancaさん
そうなんです。十五夜じやなく、十三夜にこだわりました。casa blancaさんにご指摘いただいたように、昇の不安な気持ちを十三夜の月に託して描写したつもりです。そういう所を感じていただくと、とてもうれしいです。ありがとうございます。
投稿: モーツアルト | 2012年6月23日 (土) 11時00分
私、読書が趣味なんですけど、こういう風に途中で感想を書くとみごと著者の気持ちと反対のことを思っていたりするので、ただ読むだけにしています。
投稿: ブルー・ブルー | 2012年6月24日 (日) 23時50分
ブルー・ブルーさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
本当は、連載用に書いているわけでないので、途中で切るのは不本意なのですが、仕方ないですね。
小説は、作者の意図とは関係なしに、読者が自由に解釈して読むものですから、どんな解釈でもあり得ると思います。
これからも、良かったら是非読んでいただけたらうれしいです。
投稿: モーツアルト | 2012年6月26日 (火) 23時15分