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2012年6月26日 (火)

小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載7

特に何も起こらない、いつもと同じ一日が終わり週末になった。この辺りだけチョコレート色の石畳になった道端には、瀟洒な白い二階建ての家があり、庭に蝋梅(ろうばい)が咲く。蝋梅の香りを少し感じながら、どんよりと曇った空模様にもかかわらず、昇は一週間の仕事からの解放感で足取りも軽くなり、自宅までのゆるい坂道を上った。

階段で三階まで上がり、亜弥のために買って来たセオリーのマフラーの包みを小脇に抱え、ポケットから鍵を出しドアを開ける。家具も、カーペットも、昇の好きなラックスマンの真空管アンプも、JBLの小型スピーカーも、何も変わったところはない。しかし、亜弥は昇の部屋から完璧に消えていた。リビングのテーブルに残された、几帳面に巻かれたイヤホンとiPod touch以外、何の痕跡も残されていなかった。セオリーのマフラーがゆっくりと若草色のラグに落ちた。

「大変申し訳ないのですが、真崎はただいま海外研修中で、大学には居りません」

亜弥が消えてすぐに、昇は真崎の名刺のR大学に電話した。半分予想した担当者の返事であったが、とにかくここしか昇には手がかりが残されていなかった。昇は、亜弥のiPod touchをぎゅっと握りしめ、それをポケットに入れた。

竜王SAのガソリンスタンドで満タンになったミニをゆっくり走らせ、レストハウスに向かう。軽い食事をして、少し仮眠を取ろうと思った。深夜にもかかわらず、巨大な駐車場には、結構たくさんの車が駐まっていた。昇はレストハウスに近い駐車スペースに見覚えのある黒塗りのメルセデスを見つけた。ゆっくりとミニを走らせながら車の中を覗いたが、濃い灰色にスモークされた窓からは車の中はまったく見えなかった。メルセデスから数台離れた場所にミニを駐め、昇は重い体をゆっくり運転席から出した。外に出て、空を見上げる。雨はすっかり上がっていた。半透明の薄い雲の隙間から、いくつもの星が冷たい光を放っていた。夕食も摂らずに五時間近くも走っていたことになる。しかし、空腹はまったく感じなかった。五時間の間にスーツはすっかり乾いたが、疲労は体の隅々まで染みわたっていた。とりあえず何か食べないと体がもたないだろう。

深夜のレストハウスは結構賑わっていた。昇はレストランに入り、和風のあっさりしたパスタとコーヒーを注文した。イスの背もたれに頭を預け、軽く目をつぶった。このまま眠りたいと思った。

「木村じゃないか? 木村だよね」

突然の声に驚いて目を開けると、すぐ目の前に懐かしい顔があった。

「あー、やっぱり木村だ。久しぶりだよね。元気だった?」

京都の大学院で同期だった三宅慎吾だった。研究室は違ったが、共通の講座で隣り合わせになったことがきっかけで話をするようになった。以来、気があって飲みに行ったり、お互いのアパートを訪ね合ったりした親友だ。身長百七十五センチ、体重六十キロ。中肉中背の昇より多少背が高く、細い体の三宅は少し気むずかしそうに見えるが、昇にとって、気が許せる数少ない友人の一人だった。大学院卒業以来、地元に残った三宅とは久しぶりの再開だった。

「三宅は、確か大学に残ったはずだよね。今もそうなのかい?」

昇が訊ねると、三宅は、昇との再会の喜びと驚きをそのまま表情に残し

「いや、今はR大学に居る。一応准教授なんだ。ロボット工学を研究している。ソフトウエアの方が専門だけどね。木村は今も東京でSEをやっているのか? でも、本当に久しぶりだよね。こんな所で会えるなんて、何だかすごいよね。でも、何故こんな時間に東京の人間が竜王にいるんだ?」

「いろいろと事情があってね。滋賀の方に向かっている。君の勤めてる大学に行くかも知れない。今度会ったときに詳しく話すよ。君の連絡先を教えてもらえたらありがたい。僕のケータイの番号とメールアドレスを送るよ。赤外線はいけるよね」

頷いてケータイを取り出した三宅に、番号とアドレスを送りながら昇が訊ねた。

「君こそ、こんな時間にどうしたんだ」

「名古屋での学会の帰り道さ。N大学の知り合いに会い、食事をした後、彼のマンションでちょっと議論になり、随分長話をしてしまった。気がついたらかなり時間が経ってしまっていて、あわてて名神を走って、一休みと思ってここに立ち寄った。いやー、でも、そこで君に会うなんてまったく不思議な縁だね」

しばらく話し込んだ後、近々の再会を約束して三宅は駐車場に戻った。(つづく)

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コメント

>「赤外線はいけるよね」

このフレーズ、妙にリアルですねぇ

大学時代の友の出現、
偶然ではないような気がしています…。

投稿: くるたんパパ | 2012年6月27日 (水) 06時57分

ロボット工学を研究している三宅
真崎のいるR大学に勤務してる
臭いますねぇ。(^~^*)

N大の知り合いというのも...

投稿: casa blanca | 2012年6月27日 (水) 08時55分

くるたんパパさん

>大学時代の友の出現、
偶然ではないような気がしています…。

これから偶然が重なりすぎるような気もするのですが、話の進行上、仕方ないというか……。

投稿: モーツアルト | 2012年6月27日 (水) 11時53分

casa blancaさん
三宅さん、偶然出会ったのですが、救世主になってくれそうですよ。
偶然を重ねるとあまり良くないのですが、ついつい偶然に頼ってしまいます

N大関係者を使うというのも一つの手ですね。

投稿: モーツアルト | 2012年6月27日 (水) 11時57分

この世に偶然はないのですよ。
必然ですね。何かの理由があって・・・
と、思っていたら、偶然なんですね。

投稿: ブルー・ブルー | 2012年6月27日 (水) 19時32分

ブルー・ブルーさん

>この世に偶然はないのですよ。
必然ですね。何かの理由があって・・・

僕もいつもそう思っています。偶然も3回目からは必然とコブクロの歌にもありましたよね。

それで通します。そういうことってあるんだと思うこともあります。

投稿: モーツアルト | 2012年6月28日 (木) 23時45分

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