« フェンダーのコラボTシャツ | トップページ | 小説 「3・3㎡/2」連載7 »

2012年6月 8日 (金)

小説 「3・3㎡/2」連載6

花南は、祥吾が差し出した袋からりんごを一つ手に取り、両手で大事そうに包んで、鼻に近づけ香りを嗅いだ。

「良い香り。ちょっと囓って良いですか。何だか子どもの頃を思いだすなー」

いたずらっぽく笑いながら、花南は、オリーブ色のセーターでりんごをこすり、かぶっと一口囓った。口の中に甘酸っぱい果汁が広がる。

「おいしい」

少しふくらんだ口のまま、花南は目を細めた。

「良かった。どれどれ僕もひと口」

祥吾も、ジャケットの袖にりんごをこすりつけ、大きくひと口かじった。

「確かに、うまい」

人通りの無い住宅街は、妙に静かで、頬に触れる夜気は、秋の終わりを告げていた。住宅が少し切れた所に大きな交差点が見える。この通りを越えると、花南の住むマンションがある。交差点にもう一つの月が見えたと思ったら、すぐに点滅し始め、やがて赤に変わった。二人は立ち止まり、何となく顔を見合わせる。そして、祥吾の顔が近づき、唇が花南の唇に触れた。決して強引ではなく、ごく自然に祥吾の舌が絡んできた。花南の舌もごく自然にそれを受け止める。絡めた花南の舌が、昂林の甘酸っぱい香りを敏感に感じ取った。信号が一巡りした後、祥吾がゆっくりと唇を離す。花南は祥吾の肩に頭もたれかけぼんやりと通りを見た。今日の月と同じ色をしたフォルクスワーゲン・ビートルが、二人の前をゆっくりと横切り、やがて二つの赤いテールランプだけになって見えなくなった。

 

少しうとうととして、はっと目が覚めた。便座の蓋を閉めてそこに俯せて寝ていたのだ。たぶん深夜なのだろうと花南は思った。いや、もう朝方かもしれない。このトイレに入ったのは確か十一時だったと思う。トイレのドアを閉めたと同時に大きな音がして何かが倒れた。たぶん、トイレの前の廊下に立てかけていた炬燵が倒れたのだろう。炬燵を買い換えて、古い炬燵を処分しようと思い、段ボールに入れて、廊下に立てかけてあった。花南は、トイレから出ようとドアを押した。開かない。何かの間違いだろう。もう一度強く押してみた。開かない。同じ事を何度も試みた後、倒れた炬燵がトイレのドアを塞いでしまったことを知った。そして、それが極めて重大な事態をもたらしたことも同時に悟った。

水はふんだんにある。当たり前だが、トイレにも困らない。妙に縁起をかつぐ母が置いた塩も生命を持続させるのに役立ちそうだ。花南は塩をなめ、タンクの上の手洗いの水を飲んだ。そして、再びうとうととした。携帯電話の着信音で目が覚めた。隣の部屋で執拗に鳴り続ける。母からかもしれない。しかし、それを取ることは永遠にないかもしれない。一度切れて、すぐに鳴り始めた。部屋まで一メートル足らずなのにそこに行くことが出来ない。花南はトイレのドアに何度も額を打ち付けた。誰もいない部屋に、その音は何度も何度も響き渡った。勝手に出てくる涙で、顔がグシャグシャになる。花南はそのまま、しばらく泣いた。そして、トイレットペーパーでグシャグシャの顔を拭くと、立ち上がり、大きく深呼吸をした。

「とにかく、生き延びなくっちゃ」

大きく声に出し、ドアに拳を突き出す。(つづく)

|

« フェンダーのコラボTシャツ | トップページ | 小説 「3・3㎡/2」連載7 »

小説・童話」カテゴリの記事

コメント

オリーブ色のセーターと赤いりんごの
コントラスト好きだなぁ。(^~^*)

1.7㎡、内側にしか鍵が無いという所で
気付かないとね。(>_<)
そっかそういうことだったのかぁ。

うちのトイレ、中からロックしても
外から開いてしまうんです。それも
困ったものでしょ? 
ちょっとぉ、何見てんのよぉーーって
叫んでも遅いですから~(笑)

投稿: casa blanca | 2012年6月 8日 (金) 15時46分

読んでいますよ。
コメントは、最終回で書こうかなと。
いろいろ推理してしまって、ボケてますし。(汗)

投稿: ブルー・ブルー | 2012年6月 8日 (金) 23時28分

casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>うちのトイレ、中からロックしても
外から開いてしまうんです。それも
困ったものでしょ? 

ええー、それじゃーロックにならなーい!どういう構造なんでしょうねcoldsweats02

うちのトイレの構造では、この物語のようには絶対ならないので、安心しています。でも、こういう構造のマンションって結構あるようです。
オリーブ色と赤のコントラスト、あまり意識してはいなかったのですが、casa blancaさんが仰るようにちょっと良いコントラストかもしれません。また使えそうです。

実は、信号待ちの場面が、自分的には一番好きな場面なのですがいかがでしょう。

投稿: モーツアルト | 2012年6月 9日 (土) 00時16分

ブルー・ブルーさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
コメントは最後でいいですよ。不具合などありましたら是非教えてください。よろしくお願いします。

投稿: モーツアルト | 2012年6月 9日 (土) 00時18分

実際にどこかのおばさんが閉じ込められたことがありましたよね。ニュースでやっていました。

実際に起こりえることですから、注意しないとね。

トイレのドアの前には倒れそうなものは置かないことですね。

ちなみに我が家のトイレの鍵もかかりませ〜ん。

投稿: くるたんパパ | 2012年6月 9日 (土) 06時00分

くるたんパパさん
いつも読んでいただきありがとうございます。

そうなんです。このニュースにヒントを得て、小説を書きました。このニュースを見て、驚きました。ご本人にはお気の毒なのですが、小説のような、嘘みたいなニュースでしたからね。

もちろん僕の小説はすべて創作ですcoldsweats01

投稿: モーツアルト | 2012年6月10日 (日) 00時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187847/54906602

この記事へのトラックバック一覧です: 小説 「3・3㎡/2」連載6:

« フェンダーのコラボTシャツ | トップページ | 小説 「3・3㎡/2」連載7 »