小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載9
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昇はハンドルを力一杯握りしめ、ただひたすら前だけを見ている。車は200km/hは出ているだろう。スピードメーターを見る余裕はない。バックミラーを見なくてもヘッドライトを上向きにしたメルセデスの圧倒的な存在が、狭いミニの車内を制圧している。道路がどんどん狭くなり、大きく右にカーブしている。昇はブレーキを強く踏みながら、ハンドルを右に切る。スピードと制動力のバランスが崩れて車が不安定に振れ始める。カーブは昇が思っていたよりも鋭角だった。ハンドルをさらに右に切った。その無理なハンドリングで車が大きくバランスを崩す。危険を感じたと同時に、フロントガラスにガードレールが大きく広がり突き抜けた。ミニは何も無い真っ黒い空間に吸い込まれていった。
「ウワー!」
いつまでも響き渡るその声を聞きながら昇は突然目覚めた。豆電球の明かりだけの薄暗い部屋のあちこちに自分の叫び声がまだ尾を引いて漂っているようだった。昇は白いベッドカバーで額の汗を拭いた。シャツも汗で濡れていた。昇は急に寒さを意識した。妙に身体が硬かった。奥歯がうまく噛み合わず、小刻みに動く。あごの小刻みな動きを止めるように「うーー!」と、首を大きく反らしながら叫んだ。ベッドから出ると、汗ばんだシャツを脱ぎ捨て、バスルームに向かった。暗闇に小さく灯ったスイッチ押すと、ふわっとその辺りだけ明るくなる。昇はその、磨りガラス越しの現実的な明かりに気持ちが少し落ち着いた。
バスルームを出て、ベッドの時計を見る。液晶の五時を確認し、ゆっくりと着替えてベッドに仰向けになる。真っ白い天井の一点を凝視する。でも、昇は何も見ていない。昇の網膜のスクリーンには白い天井の塩ビではなく、後ろから迫る真っ黒なメルセデスのギラッと光るヘッドライトかもしれない。どこまでも、どこまでも追いかけてくる黒い筐体……。
にじみ出てくる額の汗を拭いて昇は起き上がり、ドアの下に滑り込ませてある朝刊を出した。有るはずの無い手がかりを探し出すように、ゆっくりと時間をかけて読んだ。トピックスの欄に名古屋でのロボット工学の学会の記事があった。「感情を持つアンドロイド?―学会で発表―」三宅の顔がふっと浮かんできた。昇は詳しい記事を読む。発表の詳細は出ていないが、理論上可能だということで、今後に期待出来そうだという内容である。感情はともかくとして、様々な分野に応用できる技術なので、企業や、行政から注目を集め、研究者もかなり力を入れているそうである。まあ、その程度のトピックス的な記事であった。昇は亜弥のことを思い、実際の研究は相当進んでいるのに、あまり明らかにはなっていないということを確認した。表には出てこない処で技術の開発競争や情報漏洩などの問題がかなりあるのではないかと思う。現代の新しい技術の開発は、正に情報戦で、速く、正確に、多くの情報を集約し、分析し、有効に再配置し、新しいシステムをいかに作り上げていくのかが重要な要素になる。ライバル企業や、ライバル機関への不正アクセスなども日常的に行われている。
「亜弥はどうなるのだろう」
新聞に目を通しながら、昇の胃の内側が重く痛んだ。何の手がかりもない今、三宅の力を借りるのが最善だと判断した。
昇は、ホテルのレストランが開くと同時に入り、コーヒーにトースト、サラダという簡単な朝食を取り三宅に電話を入れる。時計を見ると、まだ七時だった。少し早いかなとも思ったが、コールボタンを押した。かなりの数の呼び出し音を聞いたあと、昨夜久しぶりに会った三宅の声が聞こえてきた。
「木村か。早速どうした?」
昇からだとわかっているはずなので、眠たそうではあるが不機嫌ではない。
「朝早くに申し訳ない。君に頼みがある。今日、君の研究室に行って、協力して欲しいことがある。君の都合はどうだろう」
「今日は大学に行く予定だ。授業は無いが、学会のレポートを作らないといけなくてね。九時ごろなら研究室に居るよ」
三宅は快く応じてくれた。
「ありがとう。では九時に。詳しくはその時に」
三宅の研究室の建物と階数をメモし電話を切った。(つづく)
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コメント
>「木村か。早速どうした?」
これは、かかってくるとわかっていたセリフですよね。
うーんいったいどうなるんでしょう。
投稿: ブルー・ブルー | 2012年7月 3日 (火) 18時26分
亜弥を作った側、狙ってる側、
木村は、昇の協力者なのだろうか?
次回を待ってます。
投稿: casa blanca | 2012年7月 3日 (火) 19時16分
ブルー・ブルーさん
偶然に頼りすぎかもしれないのですが、三宅さんがいろいろと活躍してくれそうですよ
良かったら続きも是非読んで下さい。
投稿: モーツアルト | 2012年7月 3日 (火) 22時52分
casa blancaさん
。
昇の協力者だと思います
彼に頼るしか無いのですが、ちょっと安易かもしれません。
三宅を出すまで、随分いろいろ考えました。なかなか続きが出てこなくて随分長い時間を過ごしてしまいました。
やっぱりプロの作家にはなれないなー。
投稿: モーツアルト | 2012年7月 3日 (火) 22時56分
トンチンカンなことを...(>_<)
み、三宅でした。
三宅はいい奴なんですね。
投稿: casa blanca | 2012年7月 4日 (水) 09時06分
casa blancaさん
>三宅はいい奴なんですね
はい、そうなんですよ
いろいろと助けてくれました。
木村も三宅も、ちょっと月並みな名前でした。やっぱり、もう少し名前にこだわらないといけないと思っています。
投稿: モーツアルト | 2012年7月 4日 (水) 22時29分
昨日、新潟で千葉工大の小栁先生の災害対応ロボットの開発についての講演を聴いてきました。
福島の原発で活躍しているQuinceというロボットです。
講演聴いている間に、モーツァルトさんの小説のことを思い出しましたよ。
とてもおもしろい講演でした。
HPもあるので、ちょっとのぞいて見てください。
この先のストーリーが変わるかも…(*^-^)
投稿: くるたんパパ | 2012年7月 7日 (土) 05時36分