小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載10
大学は試験の期間も終わり、入試前ということもあり、学生はあまり居なかった。正門で車を止め、受付で三宅の研究室を記入し、入構許可証を受け取る。グランドに沿った構内の車道をぐるっと廻る。グラントの中央には、この大学のシンボルロゴの「R」の大きな文字が芝生で描かれていた。陸上クラブの女子学生だろうか、臙脂色にRのロゴが入ったユニフォームのグループが軽いランニングをしている。昇は、その、のどかさに何処かで救われながら駐車場に車を入れる。広い駐車場には数えるくらいしか車が駐まっていなかった。車を降りると、駐車場の向かいにある学生会館から微かにフルートの音が流れてくる。それに答えるように、まだ正しいフレーズになっていないうぐいすの鳴き声がした。昇はハーフコートを羽織りながら周りの建物に目をやった。三宅の研究室があるアクロスウイングと呼ばれる建物は学生会館の反対側にあった。
エレベーターを五階で降り、研究室のネームプレートの三宅の文字を探す。等間隔で並ぶ無機質な研究室の風景が今の昇には妙に心地よい。一番奥の部屋に三宅のプレートを見つけ、小さくノックした。三宅の返事を待ってドアを開ける。
「やあー」と、イスに座ったまま右手を挙げて三宅が微笑んだ。意外に整った研究室に昇は少し違和感を感じた。学生時代の三宅のアパートは無造作に積み上げられた夥しい本と、小さな鍋や、フライパンが部屋の隅に投げ出されていた雑然とした部屋だったはずだ。でも、そんな三宅の部屋が昇には居心地が良かった。散らばった本を片付けて、自分の座る場所を作り、三宅と取り留めの無い話をして過ごすのが好きだった。
「なあ、木村。ロボットってどれだけ人間に近づけるのかな?アトムのように感情を持つことが出来るのかな」
そんなことを真剣な顔をして話す。それはきっと、詩人が自分の世界を創り出す時のような不思議な高揚感と、不確かな苛立ちが混じった彼独特の内的世界なのだと昇は思った。そして、近い将来、三宅は自らの研究を通して、その答えを得るのに違いないと予感した。
「ここはすぐにわかったかい。やたらと建物があるのでわかりにくかったんじゃないか」
「いや、駐車場に近かったからあんまり探す必要もなかったよ。それにしてもこんなに広くて、これだけ建物があったら、目当ての建物に行く着くのが大変だね」
「そうなんだよ。僕なんか、このキャンパスに来て半年位は、何がどこにあるのかなかなか覚えられなくてホントに困ったよ。何とか行き着いた学食も、次の日にはなかなか見つけられなくて右往左往したものだ」
三宅ならそういうこともあり得ると思ったが、口には出さず、微笑んで誤魔化した。三宅は学生時代、この半分も無いキャンパスで、待ち合わせをすると、決まって違う場所で待っている。それを探し出すのが、いつも昇の役割だった。そんなことを考えながら三宅の顔を見ると、何だか少し印象が違うような気がした。アイボリーのタートルネックセーターに、グレーのチノパン。講義が無いせいかラフな格好である。どこか妙に透明感がある。かなり微妙であるが、声のニュアンスも違う。耳の鼓膜に十分の一ミリ程度の鼓膜がもう一枚貼り付いたような聞こえ方であった。そんなことを思った時に、三宅の机の右隣の扉が開いた。
「やあ!」
と、手を挙げてアイボリーのタートルネックにグレーのチノパンの三宅が入ってきた。コンピュータがスリープ状態に入った時のように一瞬昇の脳のすべての機能が停止し、すぐに復帰した。(つづく)
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コメント
三宅2号、ん? 1号かな?
アンドロイド三宅がいたんですね。
私の世代だと、アンドロイドと聞いて
まだロボットとか出てきますけど、
今の若い人達は、アンドロイドと
耳にしたら、携帯を連想するんでしょうね。
投稿: casa blanca | 2012年7月 6日 (金) 10時02分
2回読み返して・・・
三宅が2人?
ロボットを自分にそっくりに作ったということかな。
投稿: ブルー・ブルー | 2012年7月 6日 (金) 10時06分
casa blancaさん
アンドロイド=携帯のOS というのが普通なのかもしれませんね。
でも、考えてみたら、OSの名前をアンドロイドにするという発想がなかなか面白いですよね。
投稿: モーツアルト | 2012年7月 7日 (土) 23時35分
ブルー・ブルーさん
2回も読んでいただいてありがとうございます。
そうなんです。自分そっくりのアンドロイドを作ったのです。
また、続きを是非よんでください。
投稿: モーツアルト | 2012年7月 7日 (土) 23時36分