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2012年7月13日 (金)

小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載13

三宅の言った通りB103はロックされていた。念のために二、三度ノックしてみたが反応はなかった。昇は、ジェミノイドを降ろし、

「さあ、頼むよ」

と、声をかける。ジェミノイドは部屋番号の下のテンキーに何度が触れてみて、四桁のキーを押した。カチリという音を聞いて静かにドアを開けた。人感センサーの照明のようで、二秒後に電気が点いた。ジェミノイドの輪郭が一瞬くっきりと見え、すぐに元に戻った。昇はジェミノイドの後ろから部屋をのぞき込んだ。ドアノブを掴んでいる左腕のアイボリーのセーター袖の下から見えた部屋の中には誰もいない。コンピュータの微かな動作音と、時折点滅するアクセスランプだけが生きていた。二人は、小さな応接セットの横を用心しながら進み、右手のドアに近づいた。ジェミノイドがノブを回すと、すぐに開いた。二秒後に電気が点く。天井の蛍光灯の周りからすーっと灯りが広がる。突然、女の白い首が現れた。白いホーローのヤカンがキッチンテーブルに無造作に置かれているように、工作台の上にそれはあった。ビクっとジェミノイドが反応し、肩越しに覗いた昇が「うっ!」と呻く。二人の動きが一瞬止まり、やがて、指の先から少しずつ筋肉がほぐれるようにゆっくりと動き出し、その首に近づいた。シリコンで出来たその皮膚はヒトの肌色がきちんと着色される以前の透明に近い肌色だった。亜弥ではなかった。昇は大きく息を吐き、辺りを見回す。数台のコンピュータと小型の工作機械が置いてあるだけだった。左のドアを、今度は昇が開ける。鍵が掛かっていた。

「また君の出番だ」

ジェミノイドは前と同じように小さなディスプレイとテンキーに何度か触れてロックを解除した。この部屋は、センサーがないようで、灯りは点かなかったが、隣の部屋からの明かりが部屋の半分ほどを照らし、その奥もぼんやりと明かりが届いていた。かろうじて届いた明かりの中に亜弥が居た。オフホワイトのリブ編みセーターとジーンズの亜弥は工作台の上で死んでいた。

昇は、この状況にどう対応したら良いのかわからなかった。そして、ふっと今の自分がどんな顔をしているんだろうと考えた。泣いているのだろうか、驚いているのだろうか、笑っているのだろうか……。それから、自分の指先が激しく震えていることに気付いた。震える指が頬に触れる。冷たいものに触れる。それは拭っても、拭っても拭い切れなかった。亜弥は全ての表情を失っていた。亜弥の体の中のすべてのエア・アクチュエータ[i]ーが空気の供給を失ってしまったかのように、だらっと筋力を失い、目を見開き、唇も開いていた。それは正に死そのものだった。

ジェミノイドが部屋の照明を点けた。身動き出来ない昇の肩に手を置き、なだめるように横に退かせ、ジェミノイドが亜弥に触れる。

「これは、ダメかもしれないな。かなり手荒いことをしているみたいだ」

しばらくあちこちに触れた後にジェミノイドはそう言った。

「三宅、何とかしてくれよ。頼む。亜弥を動かしてくれ!」

昇がジェミノイドの目に語りかけた。

「お願いだ」

ジェミノイドは昇に反応することもなく、亜弥のセーターを脱がせて、体をひとつひとつ点検していく。昇はジェミノイドの人工頭脳の中を猛スピードで駆け巡る〇と一の二進数を想像して彼の指先を見つめていた。工作台の下には無数のケーブルが張り巡らされていて、それらは、奥の大型コンピュータと工作ロボットに繋がっていた。

「感情ってなんだろう……」昇は思った。

亜弥に感情はあるのだろうか。亜弥は機械に過ぎないのではないか。例え破壊されたとしても、車が事故を起こして壊れるのと同じではないか。システムの設計やデータがあれば、いくらでも再生可能なものだと思う。こんな思いをして探し出す意味があるのだろうか。まったくナンセンスな無駄なことをしているのではないか。答えは予めわかっているそんな疑問を、昇は敢えて次々と考える振りをした。人は何故泣くのか、何故笑うのか、何故人に恋するのか。感情は予めプログラミング出来るものではない。神から与えられたものであれ、人間が創り出したものであれ、知能が出来た時に、感情を生み出すプログラムが自動的に創られ、動き出すのではないだろうか。そして、神が創った全てのものとのコミュニケーションによって機能が強化されていく。いや、その知能ですら、外界との相互作用で形成されていくものではないか。「知能は、たくさんの自動的な、または無意識の環境との相互作用と行動の認識に結びついた活動から生まれる」[ii]というブルックス[iii]の言葉を思い出した。

亜弥には感情があると思っている。それは、亜弥の言動を解析して見いだすものではなく、昇の感情が自然と認識したある種の信号である。そして、亜弥が自動車のような機械ではなく、かけがえのない存在なのだということを痛いほど感じた。(つづく)


[i] 小型の高性能エアモーター

[ii] 一九八五年ロボット研究に関する第二回国際シンポジウム(仏)にて

[iii] 一九五四年生まれ。MITコンピュータ科学・人工知能研究所所長。ロボット工学教授

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コメント

>亜弥に感情はあるのだろうか。

人間は精密にできたロボットだと思うときがあります。
人間が持つ感情は様々だけど、パターンは決まっていますよね。そんなことを考えながら読んでいました。


投稿: くるたんパパ | 2012年7月14日 (土) 05時32分

ロボットという響きからは、
金属的なイメージを思い浮かべるけど、
アンドロイドという響きからは、
温かさ、ソフトなイメージ

いつか遠い未来で、
感情を持ったアンドロイドが
できる日がくるかも...

でも、感情を持つとアンドロイドが
傷つくことになりそうな気がします。
AIのデイビットがそうであったように。
切ない結末でしたよね。crying

投稿: casa blanca | 2012年7月14日 (土) 09時14分

くるたんパパさん

>人間は精密にできたロボットだと思うときがあります。

ぼくも、人間とアンドロイドとの違いを考えるときに、その違いって一体何なんだろう、ホントに違うのだろうか、などと深く考えることがあります。その一つがこの小説だと思います。
また続きを読んで下さいね。

投稿: モーツアルト | 2012年7月14日 (土) 17時23分

casa blancaさん

>いつか遠い未来で、 感情を持ったアンドロイドができる日がくるかも...

そうですね。現実的に研究と実験はかなり進んでいるようです。casa blancaさんの所にも突然、亜弥が送られてくるかもしれませんよwink
またつづきを読んで下さいね。

投稿: モーツアルト | 2012年7月14日 (土) 17時26分

亜弥とテレビドラマになった『ターミネーター サラ・コナー クロニクルズ』にでてくる少女の姿をしたターミネーターのキャメロンを重ねてしまいます。

投稿: ブルー・ブルー | 2012年7月15日 (日) 17時11分

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