小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載14
亜弥には感情があると思っている。それは、亜弥の言動を解析して見いだすものではなく、昇の感情が自然と認識したある種の信号である。そして、亜弥が自動車のような機械ではなく、かけがえのない存在なのだということを痛いほど感じた。
「何をしてるんですかね」
背後からの突然の声に昇は悲鳴を上げそうになった。黒いスーツ姿の真崎が神経質そうに指先をこすりながら立っていた。二人は真崎のシニカルな唇を見つめるだけで、口はまったく動かなかった。
「人の部屋へ入るときは、相手の同意を得るものだと思うのですが、どうでしょう。これは市民的規範の範疇だと思いますが……そちらの三宅先生はどう思われます」
人差し指でメガネを少し持ち上げて、真崎が言う。
「亜弥を連れ出したのはやっぱり君だったんだ。こんなひどいことを……」
「おやおや、木村さん、私は忠告したはずですよ。お互いに愉快で無いことが起こるかも知れないって。実際に起こってしまったじゃないですか」
真崎は困ったような顔をした。
「何故、こんなことを」
「何故、こんなことを……」
昇の言葉を反芻しながら真崎は続けた。
「ここの、ロボット工学の黒田教授が堪に障るんですよ。私のような助教をあごで使い、苦労して研究し、実験を繰り返した成果を、まるで自分がしたかのように持って行ってしまう。僕は、これからとてつもなく可能性のあるアンドロイドの研究で彼を見返してやりたい。いくつかの大手の企業が僕の研究のスポンサーになってくれる予定だ。早く研究の成果を出したい。そのためには亜弥さんのノウハウが必要なんですよ。分解して細かいメカニズムも確認したいし、何よりも人工知能を解析したい。学会で発表したら、皆驚きますよ。そして僕を見直すはずだ。多少の危ないことも平気ですよ」
真崎は右の口角だけ少し上げて笑った。それからスーツの右ポケットに手を入れてゆっくりと、手のひらにすっぽりと収まってしまいそうな小型の拳銃を取りだした。昇は、自分の方を向いた銃口に付いた白い糸くずをぼんやりと見ていた。
「これは、こんなに小さいんですが、この距離からだと、間違いなくあなた方に重傷を負わせることが出来ますよ。いや、当たり所によっては命に関わるかもしれませんね。こんな物は使いたくないのですが、ここまで来てしまったあなた達を何事も無かったかのようにお引き取りいただくわけにもいかないものですから。まあ、とりあえずゆっくりして行ってください。ぐっすり眠っていただくための薬も用意していますよ。目が覚めた時は琵琶湖の中だったりして」
そう言って、少し笑うと、今度は拳銃を構えたまま、スーツの左側のポケットに手を入れ少し大きめの錠剤を取り出そうとした。その時、錠剤が引っかけたハンカチもいっしょに出てきた。アイロンの掛かった、きちんと折りたたんだグレーのハンカチがポケットから全て姿を現し、錠剤から外れてゆっくり落ちていった。三人の目がそれを追いかける。開きかけたハンカチの隅のMのイニシャルが見えたところで、ハンカチがふわっと着地した。真崎の視線が元に戻るよりも僅か前にジェミノイドが動いた。少し下がった拳銃を持つ手に飛びついた。同時にパン!という乾いた音。ジェミノイドの右足のチノパンに小さな穴があき、布が焦げた臭いがした。シリコンを貫通した小さな弾丸が床に当たり転がる。それが止まる前に昇が動いた。工作台に立てかけてあった金属パイプを取ると、ジェミノイドが捕まえている腕の先にある拳銃を叩いた。金属どうしがぶつかる鋭い音がして、拳銃が床に落ちた。そのまま工作台の下に滑り込む。振り落ろした金属パイプを野球のバットのように少し後ろに引いて、そのまま水平に真崎の胸をヒットした。真崎の体が一瞬くの字になり、髪の毛が逆立った。メガネが落ちて床で一回転して止まる。ジェミノイドがそれを踏んだ。レンズの外れた銀色のメタルフレームが異様な形に歪んでいた。真崎は胸を押さえながら床に座り込んでいる。完全に戦意を失っているように見える。昇の怒りは考えられない力を与えてくれたようだ。(つづく)
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コメント
いよいよクライマックスですか?
真崎のポケットから落ちたハンカチ、
隅のイニシャルMが気になるぅ~
三宅のM? それじゃ単純過ぎるかぁ..
今がチャンス、亜弥を起動しなきゃ!!
は、はやく次回を読みたーーい。
投稿: casa blanca | 2012年7月20日 (金) 08時33分
>ジェミノイドの右足のチノパンに小さな穴があき、布が焦げた臭いがした。
まるでモーツァルトはピストルで撃たれたことがあるような書き方ですねぇ~。
実際はチノパンが焼けるでしょうから的確な表現だと思いますが、リアルですねぇ。
さらに「助教」が登場するあたりもモーツァルトさんらしいです。
投稿: くるたんパパ | 2012年7月21日 (土) 06時16分
casa blancaさん
Mのイニシャルは真崎のMなのです。単純すぎてすみません。特に深い意味はないのです。でも、casa blancaさんの考えるような話の展開もなかなかスリリングでいいですね。参考にさせていただきます。
すみません
「次回読みたい」と仰っていただいてうれしいです。ありがとうございます。
次回、お楽しみに
投稿: モーツアルト | 2012年7月21日 (土) 17時46分
くるたんパパさん
>まるでモーツァルトはピストルで撃たれたことがあるような書き方ですねぇ~。
描写の部分までしっかり読んでいただきありがとうございます。細部の描写にはいつも気を遣っています。読者にはあまり重要では無い部分だと思うのですが、作者は妙にこだわります。それで、すごく時間がかかったりすることが多いです。この部分も「ジェミノイドの右足に当たった」と書けば済むのですが、なんかこだわってしまいます。まあ、これが楽しみの一つなのかもしれません。
ありがとうございました。
投稿: モーツアルト | 2012年7月21日 (土) 17時51分
昨日も読んだんですけど、なかなか感想が書けなくて(汗)
途中での推理が苦手かも。
投稿: ブルー・ブルー | 2012年7月21日 (土) 19時47分
ブルー・ブルーさん
いいえ、無理して感想書かなくても良いですから、気にしないでください。僕も小説の感想は苦手でなかなかうまく言えません。
読んでいただくだけでうれしいです。
これからもよろしくお願いします。
投稿: モーツアルト | 2012年7月25日 (水) 21時39分