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2012年7月29日 (日)

小説 アンドロイド「AYA/2nd」第5章 連載16

後15分

突然ドアが開いて黒いスーツの男が飛び込んできた。昇が「あの男だ。マンションを見上げていたあの男だ」と思った瞬間、鼻先に拳が飛んできた。昇の鼻が右側に歪み、歪んだ鼻孔から鮮血がぬるりとたれる。「鼻血だ」と意識した瞬間、みぞおちが激しく痛み、反り返った顔が今度は下を向いて、そのまま膝をついて床に崩れ落ちた。男はすばやく移動し、無防備に茫然と立ちはだかるジェミノイドの腹に鋭い蹴りを入れた。男の黒い靴の先がアイボリーのセーターに深々と刺さったかと思うとすぐに抜かれた。一瞬、入り組んで窪んだ毛糸が元に戻ると同時にジェミノイドが崩れ落ち動かなくなった。男が亜弥に近づく。昇はみぞおちの痛みに耐えながらふらっと立ち上がり、さっきの金属パイプを取り上げた。男の背後から金属パイプを打ち下ろした。男は振り向きざま上体を少しずらし金属パイプをやり過ごした。昇を一瞥して唇だけで笑った。金属パイプは亜弥が乗った工作台に当たり嫌な金属音を立てた。その反動が金属パイプを通して昇の腕に伝わり、昇は顔を歪めてパイプを落とした。次の瞬間脇腹に男の側刀が入った。脇腹の痛みに耐えながら、横たわる亜弥の顔を見た。目は閉じているが、昇に何かを語りかけているような顔だった。昇はかろうじて体制を立て直し、男に再び対峙した。頭のどこかで、自分にこんなに勇気があったことに感心している。苦痛による汗なのか、動いたためなのか、昇の額は汗で濡れていた。鼻血は、唇に少し掛かった所で半分乾いていた。

「懲りない奴だ」

挨拶を交わすような笑顔でそう言うと、男はポケットから小ぶりのナイフを取り出した。金属のライターを手のひらで弄ぶようにした後、親指でボタンを弾くと十㎝ほどの刃が飛び出してきた。この男は本気だ。人を殺すことに何のためらいも感じない、そういう種類の人間なのだと昇は理解した。何の武装もしていない素手の自分に敵うわけが無いと理解していてもここから立ち去るという選択はあり得なかった。

「ほう、なかなか勇気がお有りだ。僕はこういう相手が一番好きだ。無抵抗の人間を刺すなんていうのはまったくつまらないし、やり甲斐がない。人を刺すときも、出来るだけ苦痛を味わって死んでいって貰わないと失礼だ」

男は同意を求めるように昇を上目で見て、小さく斜めに頷き、それからゆっくりナイフを構え、右手を少し引いた。

数秒後に自分の胃に深々と突き刺さるナイフと鋭い痛みを想像し、昇の体に力が入り、動けなくなった。目だけが、男のナイフを追っている。男が引いたナイフの後ろに亜弥の顔があった。ナイフを見ていた視線が亜弥の顔に移った。ナイフがぼやけ、後ろの亜弥の顔にぴたりと焦点が合う。閉じていた亜弥の目がすーっと開き、昇と目が合った。亜弥が笑った。昇も笑った。強ばっていた昇の表情が笑顔に変わったことに怪訝な表情を見せた男は、しかしながら躊躇うことなく真っ直ぐに昇にナイフを付きだしてきた。

昇の胃へ届くはずだったナイフが止まった。

不意に止まった自分のナイフを見つめ、それから、動きが止まった原因を究明するかのように、男は振り返った。そこには、男の右腕をしっかりと掴んだ亜弥がいた。

亜弥はそのまま男の腕を引きつけ、両手で男の右腕を捻った。ナイフが音を立てて床に落ちると同時に捻ったまま男の体を返し正面を自分の方に向けた。左手で男の腕を押さえたまま、真っ直ぐで力強い正拳を付きだし、みぞおちに当たった瞬間にすばやく拳を引いた。

「ウッ」

と、つまったうめき声を上げて男は泡状の白い粘った液体を吐いた。眉をしかめて男が顔を上げ、亜弥の方を向いて構えた。男の口から、粘った白い、未消化の液体が糸状に垂れ下がっていた。工作台から降りた亜弥は上半身が裸で、小さく形の良い乳房が、降りた瞬間に、ゆらっと揺れた。男と昇の目が一瞬それを捉えた。男は上半身は構えたままで、鋭い蹴りを亜弥に突き出す。亜弥はそれをゆらっとかわす。男は続いてくるりと振り返り、高い回し蹴りを亜弥の頭に繰り出した。亜弥の腕がそれを捉えた。バランスを失った男が昇の目の前に倒れこんで、床に頭を打ち付けた。(つづく)

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コメント

昇、頑張りましたね。
危機一発のところで、亜弥が目覚めて
くれるとは思ってたんだけど、
良かったぁ~

ホッと一息です。

後は、人間関係の謎解きだなぁ。

投稿: casa blanca | 2012年7月29日 (日) 22時59分

やっぱり正義が勝たなくては、
すっきりしんませんからね。
亜弥の描写でドキッとするところがありましたが、リアルな感じがでている証拠ですね。

投稿: くるたんパパ | 2012年7月30日 (月) 07時29分

casa blancaさん
いつも読んでいただきありがとうございます。
はい、ついに終わりに近づきました。次回が最終回です。そういえば、きちんと人間関係の謎解きが出来ていなかったなー。
すみません<(_ _)>、前もってお詫びしておきます。

投稿: モーツアルト | 2012年7月30日 (月) 15時07分

くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>亜弥の描写でドキッとするところがありましたが、リアルな感じがでている証拠ですね。

ありがとうございます。ここは自分でも気に入っているところです。どうしても目が行ってしまいますよね
いよいよ次回で最終回です。結構長い話になってしまいました。

投稿: モーツアルト | 2012年7月30日 (月) 15時09分

最終回、どういう風になるのでしょう。
楽しみに待っています。

投稿: ブルー・ブルー | 2012年7月30日 (月) 17時17分

ブルー・ブルーさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
最終回は、あっさりし過ぎていて、ちょっとがっかりかもしれません。
すみません。

投稿: モーツアルト | 2012年8月 2日 (木) 23時02分

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