ブルースの夜

（今回もショート・ショートです(^^;)）

田中昇は、冷え切った外の空気から解放されるような思いで、ライブハウスの扉を開けた。

古民家に手を加えて半ば強引にライブハウスにしてしまったようなカフェは満席に近かった。やっと、前の方の空席を見つけビールを注文する。

今夜は、関西では有名なブルースマン、豊田勇造のライブだ。

ギター一本で歌う彼のブルースは、田中の心の奥底に入り込んで、丁寧に感情の襞をなでつける。ギターの音は、時に繊細に、時に力強く。凪と嵐を行き来する小舟のように田中の感情を翻弄する。

「今日は１２月８日やさかい、この歌を捧げます」

と言って、静かに「イマジン」を歌い出した。

彼の声とギターしか聞こえないはずの会場に、微かに歌声が生まれ、伝言ゲームのように少しずつ広がり、控えめであるが確かな歌声になっていく。

「Imagine all the people Living for today...」

日常のルーティンワークに追われ、１２月８日が何の日かすっかり忘れていた。

「そうかジョン・レノンか……」

こみ上げる思いを込めて、田中も歌の輪の中に静かに、そして控えめに入っていく。

「Imagine all the people Living life in peace」

（完）