take it easy その2
寒いなーと思っていたら雪が降っていました。大阪では、今年初めての雪かな?今年って言ってもまだ4日目ですが……。
ということで、小説の連載その2です。
「take it easy」
とても良いことを思いついたように加藤君が突然言った。
「吹き矢って、この吹き矢だよね」
僕はパーカーのポケットに入れていたペンを出して口に咥える真似をした。
「そう、その吹き矢。立川君はしたことがある?」
「僕はしたことがないけど、テレビで、南米の何とかと言う部族の人が長い吹き矢で狩りをしているのを見たことがある。君がしている吹き矢ってそういう感じなの?」
僕は、ボールペンを伸縮自在の筒のように長―く伸ばす格好をして加藤君に聞いた。そして、加藤君が、その端正な顔で長―い筒を咥えて真剣に吹き矢をしている姿を想像して少し愉快になった。
「そうだよ。120センチメートル位の長い筒で、矢を的に当てるんだ。なかなかクールだよ」
どうクールなのか僕には良く分からなかったけど、加藤君といっしょに居ることが全然苦痛じゃないし、それどころか何だか楽しくもあった。僕としてはとても珍しいことだと思う。
「今度の土曜日の昼過ぎは空いてる? 良かったらいっしょに行こう。と言っても街の練習場じゃなくて僕の秘密の練習場なんだ」
そう言うと、加藤君はきつね色の唐揚げをポイっと口の中に入れた。僕はそれを見て、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「秘密の練習場? それってどこにあるの?」唾を飲み込む音をかき消すように、僕は早口で質問した。
「うちの家の近くの森の中なんだ。神社なんかもあってさ、その神社だって、初詣や七五三の時以外はほとんど人も来ない。とても良い環境なんだ」
「わかった。行こう! 土曜の午後は空いてる」
日曜だって一日中空いてるというセリフは、サンドイッチの最後の一かけといっしょに飲み込んだ。最後になってハムの味が少しだけした。僕にだってプライドはあるんだ。
ご馳走様でしたって、加藤君は手を合わせて弁当箱を片付け始めた。僕もサンドイッチの袋をカバンの中にしまい、牛乳パックの残りを、口を付けてぐいっと飲んだ。少しぬるくなった牛乳がのどを通っていく。
「僕はこれから地理の授業があるんだ。君は?」
加藤君は立ち上がりながらデニムのバッグを肩にかけた。バッグの上にあった藤の葉っぱがふわっと落ちて僕の白いカバンの上に乗り、無地の白いカバンに緑のアクセントを作った。立ち上がった加藤君の後ろにある四月の太陽が眩しくて、額に手のひさしを作りながら
「僕は生物の授業だ。じゃー土曜日」
加藤君は軽く手を上げて、太陽の方に向かって歩いて行った。太陽の光を浴びた加藤君は輪郭が曖昧になり、ここで過ごした数十分も吹き矢の約束も、現実ではなかつたような気がしてきた。でも、僕の白いカバンの上には藤の葉っぱが色鮮やかに置かれている。
土曜日の午後、僕らは加藤君の家の近くの神社で待ち合わせをした。加藤君が言ったように古い神社だった。新しい私鉄の駅が出来て、たくさんの住宅が出来、この神社とそれに続く森だけが取り残されたような、ここだけが異質な空間だった。木が多いせいか少し冷やっとする。参道の両脇にはほとんど散ってしまった桜が、ピンクの花びらの上に整然と並んでいた。どの木も、生まれたての繊細な緑に覆われ、その間にチラホラ見られる桃色の花びらはすでにその役割を終えていた。加藤君は山門の横にある大きな石の上に座っていた。紺色のデニムのバッグを斜交いにかけ、濃いグレーの綿カーディガンに薄いベージュのチノパン。足元のクロックスのスニーカーはいかにも軽そうで、森の中を駆け回るのにちょうど良さそうだった。
「この神社の裏に僕の練習場があるんだ。君の分の吹き矢も持ってきた。ちょっと練習すればすぐに慣れる。意外と面白いもんだよ」
そう言って、大きな石から降りるとさっさと参道を歩き出した。僕は加藤君の後に付いた。ピンク色の土を踏みながら、その感触が懐かしかった。加藤君が踏んでいく桜の花びらは、まだ新鮮で、加藤君が踏むと、フワッと浮いて風に流される。無数の花びらが僕らが通った後で風になる。
社務所を通り抜け、一番奥の社の横道に入る。社務所にも社にも人の気配は無い。
「午前中は神主さんがいるんだけど、土日の午後は誰もいない時が多い。神主さんがジムで筋トレをしたり、営業をしたりしていろいろと忙しいらしい」
僕は、神主さんが、こめかみに青筋を立てて、ベンチプレスをしている姿を想像してみた。その後、スーツ姿の神主さんがノートパソコンを持って、営業活動をしているところを想像しようとしたけど、うまく想像できなかった。
腰まである雑草や、木の枝を払いながら少し歩くと、立木のまばらな広場に出た。加藤君はムクノキの太い一本に三〇センチ四方のウレタンを取り付け、その上に的らしい紙を貼った。そして、カバンからいくつかの筒を取り出し、組み立てて一メートル程の長さの筒を二つ作る。
「さぁ、これで準備が出来た。君は初めてだから六メートル位からかな?」
そう言って加藤君は的から六メートル位の位置に棒で線を引き、少し短い筒を僕に渡した。そして、矢の込め方や吹き方、構え方など、基本的なことを教えてくれた。
「僕が一度やってみるから。それを真似して、何度か練習したらすぐに出来るようになるよ」(つづく)
| 固定リンク
「小説・童話」カテゴリの記事
- Hello そして……Good-bye(2017.11.21)
- 真夜中の声(後編)(2017.05.21)
- 真夜中の声(2017.05.19)
- 移動図書館(2016.05.11)
- ぼくがラーメンをたべてるとき(2016.03.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
今朝はこちらも寒かったです。
ゴミを捨てに行くとき、
凍え死ぬかとおもいました
take it easy、
このあと,どう展開するのか楽しみです。
投稿: くるたんパパ | 2013年1月 4日 (金) 15時34分
太陽の方へ歩いていった加藤君の
>輪郭が曖昧になり、ここで過ごした数十分
>も吹き矢の約束も、現実ではなかったよう
>な気がしてきた。
ここが好きです。
投稿: casa blanca | 2013年1月 4日 (金) 15時58分
こっちは、明日の朝が1度らしいです。
吹き矢とは、また不思議なものが出てきましたね。
投稿: ブルー・ブルー | 2013年1月 4日 (金) 16時37分
くるたんパパさん
ホントに今日は寒かったですね。外に出るのが億劫でしたが、夕方ウォーキングに行って来ました。星が綺麗でした。
>このあと,どう展開するのか楽しみです。
すみません
あまり面白い展開じゃないかもしれません。
もし、よろしかったら続くも読んでみてください。
投稿: モーツアルト | 2013年1月 4日 (金) 22時56分
casa blancaさん
ありがとうございます。
ストーリーをどうするかよりも、描写をいかにするかの方に神経と時間を使います。
この描写気に入っていただけて本当にうれしいです。
もし、よろしかったらつづきも読んで下さい。
投稿: モーツアルト | 2013年1月 4日 (金) 22時59分
ブルー・ブルーさん
>吹き矢とは、また不思議なものが出てきましたね。
あはははー
ちょっと珍しいアイテムかもしれません。アイテムによってストーリーが生まれてくるので、何を使うのかに、とても苦心します。それも楽しみのひとつなのですが。
よかったら続きを読んで下さい。
投稿: モーツアルト | 2013年1月 4日 (金) 23時02分
はじまりましたね
吹き矢って唐突で、どうなるんだろう?って、
めちゃくちゃ気になります~
情景が目に浮かんで春が待ち遠しくなりました
あぁ~、冬眠中の楽しみが増えました
これからも創作活動、頑張ってくださいね
投稿: りえ | 2013年1月 5日 (土) 23時49分
りえさん
吹き矢って、ホント唐突です。珍しいアイテムかもしれませんね。
種を明かすと、友人がやっていて、時々吹き矢の話を聞きます。「へえー」なんて思うことがたくさんあります。
「冬来たりなば春遠からじ」です。もうすぐですよ。
投稿: モーツアルト | 2013年1月 6日 (日) 22時26分