« MINIの福袋 | トップページ | 富山ブラックラーメン »

2013年1月 7日 (月)

小説「take it easy」 ~その3~

加藤君は僕のために引いてくれた線よりも随分後ろに立ち、筒を構えた。複式呼吸で大きく息を吸い込む。咥えた筒が一瞬だけピクッと震えた瞬間、矢が空気を裂きながら突き進む。音は聞こえないけど僕の鼓膜が微かに震えたのを感じた。そして、矢は的の真ん中に突き刺さり、微かに震えながら止まった。止んでいた風の音がまた聞こえだした。

「七点だね」

加藤君はそれが当たり前であるかのようにごく自然に言った。僕は、まだ突き刺さったままの矢から目が離せなかった。心臓が少しドキドキして顔が熱くなった。最も原始的だと思っていた過去の武器がこんなにもクールだとは思わなかった。

「さあ、君もやってごらんよ」

加藤君の声で僕は我に返った。六メートルのラインに立って、加藤君に教えて貰いながら筒を構えた。両手の平で筒を抱え上げ、静かに降ろし吹き口を咥える。思った以上に吹き口が大きい。お腹に空気を溜めて一気にはき出す。頬が一瞬膨らみ空気を押し出す。筒が少し動いて、矢は的を大きく外してしまった。矢は、加藤君のように空気を切り裂かなかった。加藤君の注意を聞きながら何度も挑戦してみる。何回目だろうか、空気をはきだした瞬間、僕の鼓膜が矢を捉えた。そして、矢は的に当たった。一点だったが、その手応えに、僕の体中の血液が逆流した。そして、全ての毛穴が開いて、体の中で燃焼した二酸化炭素が吹き出てきた。

「やったー」

加藤君も立ち上がって喜んでくれた。

こうして、僕の吹き矢初体験は無事に済んだ。

「吹き矢って、シンプルで地味だと思っていたけど、何だかすごいね。加藤君はいつからやってるの?」

加藤君は分解した筒をカバンに入れながら

「小学生の頃からしてるよ。僕の祖父がやっていたんだ。いっしょに練習場に行って、見よう見まねでやっているうちに面白くなった。君と同じように興奮した。それからずーっとやっている。でも、友だちには黙っていた。何で吹き矢なんてやってるんだ、なんて聞かれると面倒だしね。説明するのも困ってしまう。大人だったら、肺が丈夫になって健康に良いとか、いくつも理由を見いだせるけど、小学生がそんなこと言ったらバカにされるからね。僕は健康に良いからやっているわけじゃない。小さな矢が、僕の呼吸で風を切って的に当たる。僕の小さな一呼吸が風になるんだ。ヒューってね」

そう言って、加藤君は唇をすぼめてヒューっと音を出した。僕はとても納得した。そうなんだ。僕の一息が風になるんだ。これは何てステキなことなんだろう。

僕たちは、夏までそうやって吹き矢をしたり、音楽を聞いたりして過ごした。もちろん勉強も。加藤君は意外と古い曲が好きだった。70年代のイーグルスや、80年代のビリージョエルの曲をよく聞いていた。

「<Honesty誠実、それはとても孤独な言葉だ。誰でもみんな嘘をつくもので、誠実な人なんて滅多にいない。でも君にはまず誠実であって欲しい>こんなセリフを誰かに言ってみたいものだよね。女の子に言ったら笑われちゃうよね」

なんて言いながら笑っていたけど、まんざらでもなかったのかもしれない。そして、ビリージョエルのHonestyを良く口ずさんでいた。少し猫背気味に両手をポケットに突っ込み歌を歌う加藤君は童顔にもかかわらず大人っぽく見えた。Honesty……僕は誠実だろうか?(つづく)

|

« MINIの福袋 | トップページ | 富山ブラックラーメン »

小説・童話」カテゴリの記事

コメント

小説に知っているアーティストや曲名が出てくるだけで、ストーリーに引き込まれてしまいます。
昔からそんな傾向にあるんですよ。

Honesty

その時代のことを思い出してしまいました。

投稿: くるたんパパ | 2013年1月 7日 (月) 18時59分

気の合う友達と過ごす何気ない日常、
その中でキラッと輝く瞬間、
青春時代を思い出します。

Honesty is such a lonely word
Eveyone is so untrue

イーグルスもビリージョエルも
懐かしいです。

投稿: casa blanca | 2013年1月 7日 (月) 20時10分

つづく・・・o(^o^)o ワクワク

投稿: ブルー・ブルー | 2013年1月 7日 (月) 22時40分

くるたんパパさん

>小説に知っているアーティストや曲名が出てくるだけで、ストーリーに引き込まれてしまいます。

そうなんですかそれはうれしいです。
音楽は小説の中で、重要な位置づけになると僕は思っています。
良かったら続きも読んで下さいね。

投稿: モーツアルト | 2013年1月 8日 (火) 00時09分

casa blancaさん

>イーグルスもビリージョエルも
懐かしいです。

この時代の曲って、インパクトがあると思います。小説にうまく活かせたら良いのですが……。
良かったら続きも読んで下さいね。

投稿: モーツアルト | 2013年1月 8日 (火) 00時11分

ブルー・ブルーさん
ありがとうございます。
良かったらつづきも読んで下さいね

投稿: モーツアルト | 2013年1月 8日 (火) 00時13分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「take it easy」 ~その3~:

« MINIの福袋 | トップページ | 富山ブラックラーメン »