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2013年5月23日 (木)

小説「アンタレス」~その2~

「立川君、星を見に行こうよ」

1月も中旬になり、欅の葉もずいぶん疎らになった。もみじの赤と公孫樹の黄色が水彩絵の具のパレットからそのまま塗られたようにくっきりと空間を彩っていたのに、今はそのほとんどが色を失っていた。

僕たちは、青かった空が薄紫に変わろうとする夕暮れの公園に居た。二人がちょうど座れる位の小さなベンチに座って、明るい木星を見ていた。青紫色だった空が、やがて群青色に変わり、色彩を失った空間には、家々の蛍光灯の青白い光と、暗い空の無数の穴から漏れてくる星たちの輝きしかなかった。西の空を三日月が切り裂いていた。それとちょうど反対側に巨大なオリオンが黙って立っていた。森田さんはそれを指さして

「あれがオリオン座よ。オリオンって悲しいのよ。恋人だった月の女神アルテミスに射抜かれて死んでしまうんだものね」

森田さんの言葉は白い息になって、冷たい空気に吸い込まれていく。

「オリオン座で言うと、立川君はリゲルかな? テストも良く出来て、頭が良くてソウメイに輝いているもの。私はベテルギウスなのかな?」

「リゲルって、オリオン座のあの大きな星?」

理科で習ったので僕もそれ位は知っている。でも、それは森田さんの思い過ごしで、僕はソウメイでも、輝いてもいない。

「そう。リゲルはオリオンの左足の大きな白い星。反対側のベテルギウスだけ、オリオンの他の星たちと距離が違うよそ者なのよ。反対に動いているから、いつかオリオン座から離れていくの」

これは理科で習っていなかった。

森田さんがそう言った時に、オリオンのミツボシのすぐ近くを、ライトを点滅させながら飛行機が通りかかり、そのまま天の川をゆっくりと横切った。それ自体がまるで小さな星座のようだった。

僕は<あのいかにも強そうなオリオンを刺すサソリになりたい>なんて思いながら、黙って飛行機の点滅するライトを見ていた。

「うーん、やっぱり双子座のカストールとポルックス[i]が良いかな。あの星のように私達はいつまでも仲良しだと良いのにね」

そう言って、オリオンの左側のザリガニのような星座を指さした。

「確か、ポルックスは不死身だけど、カストールは殺されてしまうんだよね。腕力はないけど僕はカストールかな」

「私がカストールかもしれない。海の守り神なのに海で死んでしまうんだよね」

少し遠い目をしてそう言った。何だかずっと遠い自分の未来を覗いているような呟きだった。

「えっ、何?」

と、訊ねようとした時、僕の意識がパチンと消えた。誰かがリモコンの電源ボタン押したように。

僕の意識は、まるで粒子の一つになったように、体からすーっと離れ、空に向かって飛んでいく。公園のベンチに座っている二人の頭の上をゆっくり、大きく、くるくる回りながら空に上っていく。

僕は、僕を取り巻く全てのもの、そして、自分自身からも自由になり、純粋に一つの粒子になる。このまま反粒子と衝突して光となり永遠に輝いているのも悪くないかなと思う。

僕はもう、宇宙そのものなのかもしれない。 星を指さしている森田さんの後ろ姿が小さく見えた。一緒に見ている僕の後ろ姿も見えた。それらもどんどん小さくなり、やがて青く輝く地球にすいこまれてしまう。

僕の意識は何十光年も離れた双子座のすぐ近くにたどり着く。直径数十光年のドームの中で、隅々の星まで響き渡る、音の無い宇宙の交響曲を聞きながら僕は飛び回る。

双子の兄弟の頭を撫でて、やまねこ座やおおぐま座をからかい、牡牛座のつのにちょこんと座る。オリオンの左足を少し噛んでみる。

そしてさそり座の心臓・アンタレスに近づき、真っ赤に輝く光を全身に浴びる。僕の意識は張りつめた圧倒的な力を感じる。すると、アンタレスから光の矢が僕に向かって飛び出してくる。そして、それが胸の奥深くにジワジワッと染みこみ、まるでそこが、元々の居場所だったかのようにストンと収まった。僕はそのエネルギーの強さに一瞬身震いし、そして、やがてその力に少しずつ同化していく。混乱していた意識が元の配置に戻り、平静を取り戻した。

再び無音の交響曲が聞こえてくる。ぶるんと身体を震わせ、ぐるぐると大きく周りながら公園を目指して降下する。薄暗い公園に双子座のように、そこだけ光っている二人の姿を見つけ、僕の意識は僕の中に吸い込まれる。そして、再びリモコンのスイッチが入る。このステキな経験は、たぶん一秒の十分の一くらいの時間だと思う。

でも、僕の中には今までとは違う何かが芽生えたような気がする。

(つづく)


[i] 神話の双子の名。アルファがカストール、ベータがポルックス。カストールが二等星で日本名ギンボシ。ポルックスが一等星で日本名キンボシ。共に航海の守り神とされている。カストールはボクシングの名手であるが、後に殺される。ポルックスは馬術の名手で不死身とされている。

<参考文献>

「星の神話・伝説」野尻抱影 講談社学術文庫

「天文年鑑」藤井旭 誠文堂新光社

「「大発見」の思考法」山中伸弥 益川敏英 文春新書

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コメント

美しい場面ですね。
「僕」や森田さんと一緒に、公園で星を見上げているような気持になります。

「僕」が宇宙へ飛んでいくシーンも素敵です。私も宇宙の交響曲を聞きながら、星座たちと遊びたくなりました。

美しいだけでなく、「僕」と森田さんの今後を暗示している重要な場面だという気がします。

ほんとうに、素晴らしいです!

投稿: 三日月猫 | 2013年5月24日 (金) 11時37分

私も読みながら、星空を眺めたくなりましたよ。

満天の星空、何かが起きるには最高のシチュエーションかも。僕のスイッチが入っちゃったんですね。(^~^*)

投稿: casa blanca | 2013年5月24日 (金) 12時15分

三日月猫さん
読んでいただいてありがとうございます。

>「僕」が宇宙へ飛んでいくシーンも素敵です。私も宇宙の交響曲を聞きながら、星座たちと遊びたくなりました。

そういう感じ方をしていただけたらうれしいです。音の無い交響曲って何だかワクワクします。
今回は少し長くなってしまいました。お時間を割いてしまってすみません。これに懲りずにまた読んでいただけたら幸いです。

投稿: モーツアルト | 2013年5月24日 (金) 23時28分

casa blancaさん
読んでいただいてありがとうございます。
今回は少し長くなって、時間を割いてしまってすみませんでした。

>満天の星空、何かが起きるには最高のシチュエーションかも。僕のスイッチが入っちゃったんですね

そうなんです。冬の星座はとてもステキです。春から秋まではなかなかすっきり見えなくてもう一つなのですが、星座って何だか良いですよね。
良かったらまた読んで下さいね。

投稿: モーツアルト | 2013年5月24日 (金) 23時32分

え、幽体離脱しちゃったの?
でも、そんな本読んだことがあります。
しかし、小学生が夜に外に出ていいのか(笑)

投稿: ブルー・ブルー | 2013年5月25日 (土) 23時20分

なんかいいなぁ~
モーツァルトさんの小説に登場する男女の関係って、なんかリアルですよね。
だからストーリーに引き込まれるのでしょうね。

投稿: くるたんパパ | 2013年5月26日 (日) 05時46分

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