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2013年5月25日 (土)

小説「アンタレス」~その3~

公園の周辺道路を走る車のヘッドライトが森田さんの顔を一瞬照らした。彼女は赤い手袋の両手で口を覆い、はぁーっと、息を吐き出した。赤い手袋の間から白い息が少し漏れてふわっと浮かび、弱々しく闇に吸い込まれる。

戻した手が、少しペンキのはげた白いベンチに戻り、僕の手に触れる。その赤い手袋は少し湿っていた。僕は、鼻の辺りがジンとして目がちょっと熱くなった。

でも、冬の星空はピンと張りつめていて、群青色のディスプレイの無数の小さな穴からキラキラ漏れてくる星たちは驚くほど輝いていた。

寒かったけど、二人だけで星空を見ているなんてとても良い体験だった。そして、僕の心の奥のどこかにさそり座のアンタレスが赤々と輝き始めたのかもしれない。それは、前にお父さんが教えてくれた、いろんな機能を持った幹細胞のようなもので、愛や勇気や情熱や、そして、殺意にさえ変わるものなんだと思う。

antales

僕はしばらくは、均衡の取れた、波風の立たない自然なバランスの日常を過ごすことが出来た。でも、中学校に入ると、このバランスが崩れてしまった。

僕は新しい環境の中に放り出された。

クラス発表の模造紙を見ながらジワッと背中を流れる汗の感覚がすごく不愉快だった。特に親しい友だちもいないので、誰とクラスが同じでも関係ないけど、三分の二の知らない名前を見ると、足が震えてくる。そんな時、後ろからポンと肩を叩いて

「またいっしょになったね。よろしくね」

と、八重歯が笑っていた。震えていた僕の足が止まった。汗がすーっと乾いていった。模造紙を見ていた僕の目はあんまりゆっくりし過ぎていて、最後の森田さんまで、まだ届いていなかった。

新学期は、いつも手にびっしょり汗をかいて学校に向かっていた。でも、今回は汗をかかなかった。たぶん森田さんがいたからだと思う。別な小学校から来た同級生は、目ざとく僕を見つけた。からかうのに都合が良いという雰囲気はきっと誰にでもわかるんだろう。早速事件が起きた。(つづく)

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コメント

さて、どんな事件が起きるのかなぁ~


>均衡の取れた、波風の立たない自然なバランスの日常を過ごすことが出来た。

平穏に過ごせる日々が何より一番です。
最近、いろんなことが(職場で)起きるので…。

そんな文書に反応してしまいました

投稿: くるたんパパ | 2013年5月26日 (日) 05時59分

凛と張りつめた冬空を異性と眺めてる
一挙手一投足が気になるでしょうね。
そんな空気がビンビン伝わってきました。

さて、どんな事件が起きたのかな。

投稿: casa blanca | 2013年5月26日 (日) 09時47分

森田さんの赤い手袋…。目に浮かびます。
この前の「レモン色のスカート」同様、色が効果的に使われていますね。

アンタレスの光の矢を受けた「僕」が、これからどんなふうになっていくのか。
興味が深まります。

投稿: 三日月猫 | 2013年5月26日 (日) 10時34分

くるたんパパさん

>最近、いろんなことが(職場で)起きるので…。

お疲れ様です。平穏な日々が何よりですね。でも、それがなかなか難しいものです。
無理をされないように頑張って下さい。

投稿: モーツアルト | 2013年5月26日 (日) 21時45分

casa blancaさん
読んでいただいてありがとうございます。

>さて、どんな事件が起きたのかな。

あまり期待しないでくださいね
星空の描写はまだまだ不十分だと思うのですが、冬の星空が好きなので、書いていて自分で楽しんでいました。
もし、時間があれば、また読んでみてください。

投稿: モーツアルト | 2013年5月26日 (日) 21時49分

三日月猫さん
読んでいただいてありがとうございます。

>この前の「レモン色のスカート」同様、色が効果的に使われていますね。

ありがとうございます。色とか臭いとかの感覚に、結構神経使って書いているつもりなのです。そういう感覚が通じていただいていると思うとすごくうれしいです。
もし時間があれば、また読んで下さい。

投稿: モーツアルト | 2013年5月26日 (日) 21時54分

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