小説「アンタレス」その1
※前の「take it easy」の前編になります。立川君の小・中学校のお話になります。時系列的には少し戻ります。もし良かったら読んで下さい。
小説「アンタレス」その1
ⅰ
僕は小さい時から人とうまくつきあえなかった。みんながするからといって、したくもないことを無理にすることも出来なかった。
僕はいつも一人だったような気がする。僕のことを心配してくれるクラスメートもいたけど、彼らだって自分のことで十分忙しいし、いつまでも僕のことを心配している暇はない。それが当たり前だと思う。でも、一人だけ例外が居た。六年生の時に転校してきた森田という女の子だった。
「森田と言います。よろしくお願いします。勉強はあまり得意じゃないけど、星を見るのが得意です。仲良くしてください」
僕だったら頭の中で何遍も練習しないと言えない挨拶をさらっとして、両手を、レモン色のスカートの前で重ねて小さくお辞儀をした。それを見ている僕の方がどきどきしてしまった。挨拶が終わると僕の隣の席にやって来た。周りに聞こえるのではないかと思うほど、僕の心臓はことさら音を立てた。
僕の隣の子が一学期の終わりに転校していったためその席が空いていた。
「よろしくね」
そう言って彼女は小さく笑った。笑った口許からのぞいた八重歯と、初夏の風のように涼しそうな目がとても可愛かった。僕は
「……うん」
と、応えるのがやっとだった。でも、声に出来ただけでも上出来だったと思う。
森田さんは、何かと僕の世話を焼いてくれた。何故かはわからない。でも、きっとそういう性格なんだろうと思う。家庭科の授業で、ミシンを使ってナップサックを作る実習があった。僕は上糸と下糸を上手くセットすることが出来なかったり、タイミング良く布を動かすことが出来なくて、何回やってもうまく縫えなかった。
「はい、ここまで出来た人」
女の先生が少し苛立った大きな声で訊ねる。
「はーい」って、ほとんど全員が応える。僕は顔が熱くなってきて、指先がカタカタと震え出す。ミシンの針が通った所には糸の塊が出来ていて針がまったく動かない。隣の森田さんの手がすっと伸びてきて、ミシンの針を上げ、小さなハサミで丁寧に糸を解き、上糸と下糸をセットしてくれた。それはとても手際よく、素早かった。
「これで大丈夫よ。あせらないで、落ち着いてやってみて。うまく出来なかったらまた私が手伝うから」
そう言ってちょっと笑った。あつかった頬の熱が少しずつ冷めてくるのを感じて僕は落ち着いた。
休み時間に
「おまえら夫婦か、子どもが出来たらどうする」
なんてからかう奴がいた時、つかつかっと、そいつの所に行って、思いっきり頬を叩いた。ピシッと良い音がした。
「言われた人の気持ちを考えなさいよ。想像力の無い人間は最低よ」
彼女の目は怖かった。からかった奴も顔が引きつっていたけど、僕も足がすくんでいた。でも、すごくうれしかった。それ以来誰もからかう者はいなくなった。(つづく)
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コメント
わぁーい、久々の小説だ。
(。_゚☆\(- - ) バシっ!
森田さん、男前ぇ~
自分とは正反対の子にあこがれたりするん
ですよね。
つかみはOK
今後、二人はどうなっていくのかな。
次回を楽しみにしてます。
投稿: casa blanca | 2013年5月22日 (水) 12時07分
昔から強い女性にウットリすることがあります。
早速、森田さんに惹かれてしまいましたよ
投稿: くるたんパパ | 2013年5月22日 (水) 18時17分
「アンタレス」という題名から、なんとなくSF?って思ったけれど、take it easyの立川君なんですね。
森田さんによって、変わっていくのかなぁ。
投稿: ブルー・ブルー | 2013年5月22日 (水) 20時55分
森田さんが、転校の挨拶をするとき、両手をレモン色のスカートの前で重ねて小さくお辞儀した、というシーンが印象的です。
ミシンの場面の「僕」の気持ちにも、とても共感できました。
続きが楽しみです。
投稿: 三日月猫 | 2013年5月23日 (木) 09時47分
casa blancaさん
読んでいただいてありがとうございます。
>つかみはOK
そうですか、OKですか
。
うれしいです。
後がどうなるか心配です。あまり期待しないでさらっと読んで下さいね
投稿: モーツアルト | 2013年5月23日 (木) 22時20分
くるたんパパさん
読んでいただいてありがとうございます。
「AYAⅡ」の話の亜弥もそうなんですが、どうも強い女性に憧れているのかな?なんて思うときがあります。無意識のうちにそういう登場人物が出来てしまうのかもしれません。
投稿: モーツアルト | 2013年5月23日 (木) 22時23分
ブルー・ブルーさん
読んでいただいてありがとうございます。
>take it easyの立川君なんですね。
森田さんによって、変わっていくのかなぁ。
そうなんです。時系列でいうと少し前の話になります。立川君は強くなっていくと良いのですが、なかなか難しいようですね
短い話で、ストーリー的にはあまり十分ではないのですが、良かったら読んでください。
投稿: モーツアルト | 2013年5月23日 (木) 22時28分
三日月猫さん
読んでいただいてありがとうございます。
>森田さんが、転校の挨拶をするとき、両手をレモン色のスカートの前で重ねて小さくお辞儀した、というシーンが印象的です。
そうなんですか!うれしいです
短いワンカットなのですが、いろいろ考えて作りました。ホントにうれしいです。
短い話で、これといったストーリーもないのですが、よかったら続きも読んでいただけたらうれしいです。
投稿: モーツアルト | 2013年5月23日 (木) 22時32分