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2013年6月16日 (日)

小説「アンタレス」~その10~

横山君は、ほんの微かだが意外そうな顔をした。

その日は特に蒸し暑かった。白い半袖のワイシャツがべっとりと体に張り付き、首のまわりに汗の粒がいつまでもこびりつく。

とにかく早く脱ぎたいと思っていた。でも、誘われなければ自分から進んでプールに行くことはなかったし、水着を持ち帰るのを忘れていなかったら行かなかった。

たまたま、いろんな要素が重なったのだ。横山君は

「君に断られると思っていたよ」

と、断られることを期待していたかのような口ぶりで言った。

「今日は蒸し暑いしね。たまにプールで泳ぐのもいいかもしれないよ」

僕だってそれほど付き合いが悪いわけでは無い。

プールは結構賑わっていた。蒸し暑いのと、期末試験が終わった開放感もあるのかもしれない。腫れぼったい雲の間から鋭い太陽がプールサイドを照りつけていた。

梅雨もそろそろ開けるのかもしれない。水泳部の生徒が、規則正しい笛の音に合わせて、次々と飛び込んでいく。前の生徒との距離を一定に保ちながらきれいに水を切って進む。

小さな水しぶきにふっと、虹が出来る。この三コースの規則正しい動きと正反対に、開放コースは、無秩序だった。

 

僕もその無秩序の中に居る。少し泳ごうとすると、突然人が当たってきたりする。でも、水の中はやっぱり気持ちがいい。大概のスポーツは得意じゃないけど、水泳は好きだ。一人で黙々と泳ぐのが好きだ。

ざぶんと潜ると、プールサイドの賑やかな話し声も、水泳部のホイッスルの音も、誰かのたてる水音も、僕自身が立てる水をかく音も、すべてが一つになって、ホワイトノイズのように単純な音に変わり、やがて波形が一直線になり音を失う。でも、僕の鼓膜は水中の無音の音を感じる。キラキラ輝く無数の泡の中にその音は確実に存在する。

それはまるで、カントルーブのバイレロのような、別世界の美しい曲のようでもあった。潜りながら水面を見上げると、そこは、大気と光と水とが創り出すジオメトリックな平面だった。

Soothing ripples

僕はこの世界に居ることに感動する。水中は果てしなく存在する。

僕の意識は、森田さんと冬の星空を見ていた時のように僕の体から離れ、粒子のように、輝く水中をさまよう。水中で見る太陽の光は、いくつものアミーバ状になり、多彩な色を持ち、水の動きに合わせてゆらゆらと漂う。それは、幹細胞がいろいろな臓器に変化していくようにミステリアスだった。

MP900401202[1]

たくさんの光の細胞が無限に広がる水中はあの日の銀河のようでもあった。僕は銀河を彷徨う。いろいろな星座を横目で見ながら漂う。そして、オリオンの側を通り抜ける。その時、まったく突然に、オリオンの右手が僕を掴み、力いっぱい投げ捨てた。僕はそのまま果てしなく落ちていく。

 

誰かが僕の足を引っ張り、もう一人が僕の頭を押さえつける。あまりにも唐突な出来事で、息が出来なくなる。ふりほどこうともがいても思うようにいかない。水を飲んで、肺の中の空気が水と入れ替わる。体の中の酸素が全て水と入れ替わり、やがて僕は呼吸を失う。(つづく)

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コメント

水面、水中の表現は
さすがですね。
2枚の画像がさらに想像力をかき立てられました

犯人は誰だろう

投稿: | 2013年6月17日 (月) 05時37分

くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>水面、水中の表現は
さすがですね

ありがとうございます。水中の描写はなかなか難しいです。屋内プールと外のプールでは状況が違うし、最近、外のプールには行ったことがないので、もしかしたら違うかもしれませんcoldsweats01

投稿: モーツアルト | 2013年6月17日 (月) 11時10分

やっぱり事件は起こりましたね。
田中君が誰かに命じてやらせた...
違うかな。

私も水中の描写がいいなぁって思いました。
読みながら、目を瞑って想像を巡らせて
ました。(*^ ^* )V

アンタレスになってからかな、
情景に合った画像も添えて下さって
ますよね。イメージに合った画像を
探すのって大変じゃないですか?

投稿: casa blanca | 2013年6月17日 (月) 13時16分

音の描写に共感を覚えました。
水中の描写もすてき!

描写の緻密さが、物語に奥行と魅力を与えています。
物語の中に、ずんずんひきこまれます。

投稿: 三日月猫 | 2013年6月17日 (月) 15時08分

casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>田中君が誰かに命じてやらせた...
違うかな。

casa blancaさんはお見通しですねhappy01

>イメージに合った画像を
探すのって大変じゃないですか?


いいえ、それが結構あるんですよね。ぴったりイメージ通りとはいきませんが、今回のように近い画像があります。ネットは助かります。
良かったら、また続きを読んでみて下さい。

投稿: モーツアルト | 2013年6月17日 (月) 23時44分

三日月猫さん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>描写の緻密さが、物語に奥行と魅力を与えています。

ありがとうございます。でも、褒めすぎですよ。図に乗ってしまいますからcoldsweats01
音の描写はこれで良いのかって、自分では不安でした。ありがとうございます。うれしいです。
良かったら続きも読んで下さいね。

投稿: モーツアルト | 2013年6月17日 (月) 23時49分

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