小説「アンタレス」~その7~
放課後、森田さんが友だちと話しているのを意識しながら、カバンの中味を点検している振りをして、帰るのを待っていた。
友だちと別れて靴箱の前で靴を履き替えているのを確認して靴箱に近づいた。少し屈んで靴を履く森田さんのスカートの下の太ももと白いソックスのふくらはぎに一瞬目が行って、大きく視線をずらした。
「森田さん、今日はありがとう」
他に誰も居ない玄関で、僕は勤めて大きな声を出して言った。彼女は振り向いて
「立川君いっしょに帰ろう。途中まで一緒だったよね」
僕は、いつもより余分に顔に上ってきた血の流れを意識して、小さく頷いた。
校門を出て、近くの小さな公園の横で森田さんが急に言い出した。
「私、許せないのよね。ああいうの」
公園の白いハナミズキが一つ、フッと散って赤いツツジの上にふんわりと落ちた。
「立川君みたいな優しい子をいじめて何が面白いんだろう。それを黙って見てる周りの子も許せない」
ホントに怒っているようだった。公園のハナミズキも、道端のツツジも、五月の澄んだ青い空も、片付けるのを忘れられたどこかの鯉のぼりも、まったく目に入っていないようだった。それから僕の方を見て続ける。
「田中なんて大嫌い。大人みたいに、力が強い人と弱い人を見抜いていて、うまく振る舞おうとする。弱い人は無視するか、いじめる。陰でこそこそって人の悪口を言って笑っている。ホントに嫌な奴」
僕も同感だと思うけど、そんな奴は今までいっぱい見てきたし、田中君だけが特別だとは思わない。好きにはなれないけど、今日のことを別にすれば、取り立てて腹も立たないはずだ。
「田中君は勉強もよく出来るし、ゲームだって得意らしいよ。それでみんなも一目置いているんだよ」
僕が小さい声で言うと
「勉強が出来たって、そういうことが分からなきゃ意味ないじゃない。それに、ゲームが得意なことなんて人間として何の価値も無いもの」
少し怒ったような顔をして僕を見てそう言った。紺色のブレザーの肩がピンと張って、背筋がスーと伸びていた。何だかとても頼もしくも見えた。(つづき)
| 固定リンク
「小説・童話」カテゴリの記事
- Hello そして……Good-bye(2017.11.21)
- 真夜中の声(後編)(2017.05.21)
- 真夜中の声(2017.05.19)
- 移動図書館(2016.05.11)
- ぼくがラーメンをたべてるとき(2016.03.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>大人みたいに、力が強い人と弱い人を見抜いていて、うまく振る舞おうとする。
こういう人が世の中を上手く生きているような気がするなぁ~。人を見抜く力は大切だけど、上手く使って欲しいですよね。
>ゲームが得意なことなんて人間として何の価値も無いもの
確かにその通りだと思います。
投稿: くるたんパパ | 2013年6月 9日 (日) 05時03分
カバンの中を点検してるふりして待ってる
立川君、可愛い。誰しもそういう思い出
ってあるんじゃないかなぁ。待ってた素振り
を見せたくなくて偶然を装うなんてね。(^~^*)
読みながら、自分の学生時代のことを
思い出し、しばしタイムスリップしたり
しています。(笑)
色々な出来事に遭遇したり、何気なく交わす
言葉の中で、惹かれていく過程をどう表現
されていくのか楽しみにしています。
投稿: casa blanca | 2013年6月 9日 (日) 06時41分
子供なのにすでに諦観のようなものを心にひめている立川君と、正義感に満ちた森田さんの対比があざやかです。
クールな立川君が、ホットな森田さんにどんどんひかれていく。
その気持ちが、とてもよく伝わってきます。
投稿: 三日月猫 | 2013年6月 9日 (日) 10時33分
くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>こういう人が世の中を上手く生きているような気がするなぁ~。人を見抜く力は大切だけど、上手く使って欲しいですよね。
周りに必ずいますよね、こういう人。でも、こういう人って、ホントの友人って出来るのかなって思います。
投稿: モーツアルト | 2013年6月 9日 (日) 22時43分
casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>色々な出来事に遭遇したり、何気なく交わす
言葉の中で、惹かれていく過程をどう表現
されていくのか楽しみにしています。
うわー、ご期待に添えないかもしれません
でも、何とか頑張っています。
長いと、貴重な時間を割いてしまうし、短かすぎると細切れになるし、どの位の長さの文章にしたら良いのかと、最近迷っています。
投稿: モーツアルト | 2013年6月 9日 (日) 22時49分
三日月猫さん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>子供なのにすでに諦観のようなものを心にひめている立川君と、正義感に満ちた森田さんの対比があざやかです
ありがとうございます。登場人物のキャラクターを作っていくのが難しくて、いつもなかなか上手くいきません。三日月猫さんにそう言っていただけるとうれしいです。
もし良かったら続きも読んで下さい。
投稿: モーツアルト | 2013年6月 9日 (日) 22時53分