小説「アンタレス」~その9~
ⅳ
あれ以来、僕たちの日常に大きな変化はなかった。七月に入って、教室の中が今まで以上に汗ばみ、一時間もしないうちにTシャツがべったりと肌にへばりついてくる。
そんな頃に、期末テストが始まった。休み時間はテストの話題が多くなる。
「立川君、数学と理科どうだった?」
お昼休みに、森田さんが僕の机にやってきて声をかけた。卵焼きやらウインナーの臭いが机の上あたりにまだうっすらと漂っていた。
「うーん。たぶん全部出来たと思う」
こんな時は、<ぜんぜんダメだった>ってケンソンすれば良かったのかもしれないけど、僕にはそんなことは出来ない。
「すごーい! さすがね」
何だか自分のことのように、うれしそうに言った。
僕には、どうしてそんなにうれしいのかよくわからなかったけど、彼女が喜んでいるのがうれしかった。
少し緩んだ顔を何気なく横に向けると少し離れた窓際に居た田中君と目が合った。梅雨の合間の太陽が田中君の目に反射してキラっと光った。
僕は狩人オリオンに見据えられた小動物のように体が強ばって、緩んだ顔のまま少しの間動けなかった。
「あたしなんてどっちも全然だーめ。世の中から数学と理科がなくなったらいいのになー。なーんて。立川君、明日もがんばってね。明日でテストも終わりだから私もこの頭でがんばらなくっちゃね」
そう言って自分の頭をコツンと一つ叩いて席に戻った。僕は、ぼんやりとその後ろ姿を見ていた。
週末の金曜日にすべてのテストが終わった。最後の社会のテストが終わるチャイムが鳴ると、教室のみんなが吐き出した小さなため息で空気が緩んだ。静かだった教室のあちこちがざわざわと動き出した。
「あー、終わった。終わった」
誰かが叫んだ。みんなそっちを見て笑っていた。
僕が帰り支度をしていると、横山君がやってきた。
「立川君、きょうは帰り急いでる? 急いでなかったらプールでちょっと泳いでいかないか」
横山君とは時々帰りがいっしょになる。このクラスで数少ない話し相手の一人だ。
うちの学校では、期末テストが終わった日から終業式の前の日までプールが半分だけ開放される。
半分は水泳クラブが使い、あとの半分が一般の生徒に開放されるのだ。近くに市民プールなどもないので、学校が配慮しているのだと思う。
「いいよ。特に急いで帰る用事もないから」
横山君は、ほんの微かだが意外そうな顔をした。(つづく)
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コメント
プールのお誘い、
なにか事件が起きそうですね
投稿: くるたんパパ | 2013年6月12日 (水) 05時14分
田中君の視線が気になるなぁ。
彼も森田さんのことが好きなのかしら。
意外にあっさりOKした放課後のプール
そこでまた何か起りそうな気配が...
投稿: casa blanca | 2013年6月12日 (水) 07時19分
今回は、事件と事件をつなぐ部分ですね。
リズムがあり、スムーズに流れていて、とても読みやすいです。
なんとなく不安な感じも伝わってきて、今後の展開に興味をひかれます。
投稿: 三日月猫 | 2013年6月12日 (水) 09時20分
くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
そうなんです。またちょっとした事件が起こります。もう、見えてますよね
投稿: モーツアルト | 2013年6月12日 (水) 11時44分
casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>彼も森田さんのことが好きなのかしら。
ああ、そこまで考えてなかったな。でも、案外そうなのかもしれません。そういう描写を少し入れればいいかもしれませんね。ありがとうございます。
投稿: モーツアルト | 2013年6月12日 (水) 11時46分
三日月猫さん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>リズムがあり、スムーズに流れていて、とても読みやすいです
ありがとうございます。いつもそうなるように心がけたいと思います。
今、新しい作品を考えています。完成したらまたブログで公開します。よろしくお願いします。
投稿: モーツアルト | 2013年6月12日 (水) 11時49分