小説「アンタレス」~その8~
紺色のブレザーの肩がピンと張って、背筋がスーと伸びていた。何だかとても頼もしくも見えた。
「勉強だったら立川君の方がよく出来るよ。そして、それを鼻にかけたりしないし、とても自然よ。塾にも行ってないのに学年でトップクラスだものね。田中はそれが腹立たしいんだと思う。何て尻の穴が小さい奴」
何の躊躇いもなくそう言った。キュッと引き締まった口許から、例え比喩にしても「尻の穴」なんて言葉が出てくることに僕は少なからず驚いた。
「いつも助けてもらってありがとう。ホントは逆なのにね」
「ううん。私こそ今日は助けてもらったわ。立川君かっこよかったよ」
「そんなことないよ。……あれは、たぶん僕の中の赤いアンタレスの力だと思う」
僕は呟くように言った。
「ん? 何?」
森田さんが僕の顔をのぞき込むようにして訊ねた。
「ん? だからさ、ありがとうってこと」
「私だって立川君に助けてもらっているもの。転校して来た時だって、学校のことをいろいろと教えてくれたし、教科書が変わって、戸惑っていたら、ノートを貸してくれた。
そのノートは先生が書いた黒板を写しただけじゃ無くて、小さい字でいっぱい解説が書いてあったり、感想が書いてあったりしたよね。あれって良いなーって思った。そして、すごく分かりやすかった。
勉強が出来るってこういうことなんだなぁって思った。だからお互い様よ。それに……それだけじゃ無いんだ……」
森田さんはそれだけを言うと、じゃーね、と言って、藤棚にいっぱい花を咲かせた家の角を曲がった。
僕は、その後ろ姿をぼんやりと眺めていた。とっくに散ったはずのハクモクレンの香りが、どこかの庭先から風に乗って漂っていた。(つづく)
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コメント
森田さんが別れ際に言った
「...それにそれだけじゃないんだ...」
が気になりますねぇ。
投稿: casa blanca | 2013年6月10日 (月) 18時58分
確かに気になりますねぇ
こういうドキドキというかトキメキがある
会話はもうないなぁ
あったら大変ですけどね
投稿: くるたんパパ | 2013年6月11日 (火) 05時15分
casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
中学生なので、これで終わってしまうのかもしれません。でも、いつかまた出会いが……あるかもしれません。
投稿: モーツアルト | 2013年6月11日 (火) 12時02分
くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>こういうドキドキというかトキメキがある
会話はもうないなぁ
ホントですね。残念ながら……
時々、夢でそんな場面があったりして、そんな時は夢でも何だかうれしくなったりします。現実ではなかなか……。淋しいような気もしますが……。
投稿: モーツアルト | 2013年6月11日 (火) 12時04分