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2013年7月 3日 (水)

小説「アンタレス」~その13~

もう一つは……

二学期が始まり、少しよそよそしく感じる校門を抜けて運動場に出た。始業までにまだ少し時間がある。

隅っこのバスケットゴールの辺りに数人の生徒が固まってボールの取り合いをしていた。東からの朝の太陽は真夏の余力で男子生徒の白いシャツに照りつけている。

でも、空はいく分高くなって、この前よりは少し涼しい風が僕の前髪を通り過ぎていく。回れ右をして教室に向かう。

教室に入ったとたん全身から汗がしみ出てくる。ムッとする空気を感じながら席に向かう。

机にカバンを置いて隣の席を見る。そこには何の気配も無かった。そして予鈴のチャイムがなってもそれは変わらなかった。

僕は出そうになった大きなため息を飲み込み、ぼんやり座り込む。僕の机の周りは、急にミュートのボタンが押されたテレビ画面のように、クラスの子達が笑いながら口だけ動かして無音の会話を続けている。

教室はまったく音を失い、その代わり、東の窓から照りつける太陽のジーっという単純な音だけに満たされた。僕はその無音の空間で息を潜めていた。

始業のチャイムが鳴ると、突然、ミュートが解除され、僕の鼓膜に無数のノイズが入り込む。

隣の机の、名前が書いていない相合い傘の落書きを見ながら、苦い喪失感をゆっくり味わう。

お盆の後の登校日に、森田さんが言いにくそうに僕に言った。

「お父さんの仕事の都合で転校するかもしれない。早ければ二学期に入る前。遅くとも三学期はこの学校ではないと思う。立川君と会えなくなるのはとても残念。でも、私にはどうすることも出来ないものね。でも、きっと又会えるような気がする。これはとても確実な予感よ。私の予感はだいたい当たるんだから。そうね、これは、予感じゃなくて、確実な未来の出来事なんだと思う。だから、その時はまたよろしくね」

森田さんは少し笑ってそう言ったけど、気持ちをどう表現していいのか分からない僕の表情を見ると、ちょっと俯いて、それから真っ直ぐ僕の顔を見て

「きっとよ」

と言った。今度は笑っていなかった。

運動場の上にはお昼の太陽だけがあり、後は何も無かった。ついさっきまで汗をかいていたのに今は汗が無い。

森田さんは真上の太陽の光のせいで蜃気楼のように淡く揺れて、そのまま消えてしまいそうだった。

(つづく)

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コメント

情景描写が見事ですね。

読み進めながら映像が浮かびました。

森田さんいなくなっちゃうんだ。

まだ何も起きてないのになぁ。

投稿: casa blanca | 2013年7月 3日 (水) 11時14分

情景描写が見事ですね。

読み進めながら映像が浮かびました。

森田さんいなくなっちゃうんだ。

まだ何も起きてないのになぁ。

投稿: casa blanca | 2013年7月 3日 (水) 11時16分

画像がキレイですね

「秒速5センチメートル」の世界をイメージしました。

投稿: くるたんパパ | 2013年7月 3日 (水) 19時12分

casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>情景描写が見事ですね。

読み進めながら映像が浮かびました。

ありがとうございます。
映像が浮かぶというのが、すごく嬉しいです。どう描写するのかというのが、すごく神経を使います。そのために、なかなか進みません。それでもこの程度なのですよ
ストーリー展開だけ考えていたら割と楽なのですが、下手は、下手なりに描写をしつこく考えてしまうので、なかなか前に進まないことが多いです。
すーっと浮かぶ時もあるのですが……。

投稿: モーツアルト | 2013年7月 4日 (木) 22時03分

くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

画像は借り物なんです。すみません
でも、小説に画像を入れられるのは、ブログ
ならではですね。初めてやってみたのですが、なかなか楽しいです。

投稿: モーツアルト | 2013年7月 4日 (木) 22時10分

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