小説「アンタレス」~その14(最終回)~
「きっとよ」
と言った。今度は笑っていなかった。運動場の上にはお昼の太陽だけがあり、後は何も無かった。ついさっきまで汗をかいていたのに今は汗が無い。
森田さんは真上の太陽の光のせいで蜃気楼のように淡く揺れて、そのまま消えてしまいそうだった。
結局森田さんの転校は「早ければ」の方だった。「遅くとも」の方に期待した僕の予想を裏切った。
「私はベテルギウスなのかな?」と言った森田さんの横顔が浮かんできた。
やっぱりベテルギウスだったのかもしれない。
でも、森田さんがいなくなっても、あれから何も起きなかった。田中君が大怪我したこともあり、誰も僕に構うことに興味を無くしたのかもしれない。
緑川君も学級委員として、いじめを無くそう、なんてホームルームで頑張っていたせいもあるのかもしれない。
田中君が事故にあったのは決して偶然ではない。田中君をオリオンに例えたらオリオンに怒られそうだけど、あの巨大なオリオンだってサソリに刺されたではないか。弓の名手のアルテミスに射抜かれることだってある。
僕は、僕の中に芽生えたかもしれないある種の「力」に満足した。
森田さんはいなくなったけど、僕の経験や記憶は無くならない。それは、宇宙にあるスカイドライブのように、いつでも、どこに居てもアクセスすることが出来るし、僕の意識の中には、いつだって森田さんは存在しつづけている。
今日だってほら、朝、歯を磨いていた時、鏡の中に森田さんがきちんと映っていた。(完)
| 固定リンク
「小説・童話」カテゴリの記事
- Hello そして……Good-bye(2017.11.21)
- 真夜中の声(後編)(2017.05.21)
- 真夜中の声(2017.05.19)
- 移動図書館(2016.05.11)
- ぼくがラーメンをたべてるとき(2016.03.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>僕の経験や記憶は無くならない
どんなに技術が発達しても
HDDのような記憶装置は人間の記憶を補助的にサポートするものですよね。
そんな補助的なものに力を注ぐのではなく、
人間の元来持っている未知の力を追求した方がいいような気がしています。
小説に関係のないコメントですみません。
ちょっとそんな風に感じたので…
投稿: くるたんパパ | 2013年7月 6日 (土) 08時29分
人は出会いと別れを繰り返しながら生きていきますが、一度心が通じ合った人というのは、たとえ別れても、ずっと記憶の中で生きていますよね。
そして、何かの加減で(たとえば、光とか風とか匂いとか)、くっきりその人のことを思い出すものです。
僕と森田さんの物語、とても楽しく拝読させていただきました。
とりわけ、光や音や星の描写が好きでした。
次のお作品も、楽しみにしています。
投稿: 三日月猫 | 2013年7月 6日 (土) 10時54分
くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>人間の元来持っている未知の力を追求した方がいいような気がしています。
人間の記憶ってホントに不思議で、まだまだ未知の部分が多いですよね。必要な情報が頭の中に入っていればとても助かると思いながら、いつも抜け落ちてしまいます。
未知の力をうまく活用出来ればすごいと思います。
投稿: モーツアルト | 2013年7月 7日 (日) 17時10分
三日月猫さん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>そして、何かの加減で(たとえば、光とか風とか匂いとか)、くっきりその人のことを思い出すものです。
ああ、ホントにその通りです。「光とか、風とか、匂いとか……」
ステキなフレーズです。
僕の記憶もそうでありたいと思っています。
次の作品がいつになるか心元ないのですが、また読んでいただけたら嬉しいです。
投稿: モーツアルト | 2013年7月 7日 (日) 17時16分