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2014年3月18日 (火)

小説「陽炎」~最終回~

ゆっくりと僕の周りを回転して、いつも結羽がやって来る坂道の方に飛んでいった。僕はそれを追った。ウスバカゲロウは坂道の途中で右にそれて見えなくなった。そこは、それほど広くはない墓地だった。入り口近くにある石碑の側に、オレンジ色の凌霄花(ノウゼンカズラ)が咲いていた。短命の花で、落ちやすいと聞いたことがあるが、周りは花びら一つ落ちていないし、きれいに除草されていた。石碑が程良く日陰をつくり、そこだけが涼しげであった。僕は、暫くそれから目を離せなかった。すると、さっき見えなくなったウスバカゲロウだろうか、僕の視界をゆっくり横切り、凌霄花の上にふわっと着地した。暫く羽を休めると、ふっと花を離れ、墓地の横手の木立の中に消えていった。

nousenkazura

僕は、凌霄花から目をそらし、側にある墓誌に目をやる。一番最後に結羽の名前があった。<平成十七年四月二十五日 行年二十四歳 俗名 結羽>

御影石に刻まれた、比較的新しいその文字列を僕は何度も何度も読んでいた。「平成十七年四月二十五日……」そう。その日にあの大事故が起こった。JR福知山線、宝塚、同志社前……。

僕は、強い日差しに照らされながら、クマゼミの声を聞いていた。やがてそれは単なる不協和音に変わり、そして、鼓膜を麻痺させたのか、不協和音すら聞こえなくなった。

僕の話は結羽の修論の役に立たなかったし、修論は永久に完成することはなかった。

僕は、そこに、長い時間立っていたはずなのに、汗すらかいていなかった。

hiazsi

お盆の中日。夜中に、聡美から電話があった。

「ねえ、この前の約束覚えてる?」

相変わらず時候の挨拶もない。しかも真夜中だ。

「何だっけ?」

わざととぼけた。

「美味しいお店があるって言ったでしょう。お盆休みに行くって」

少し弱気な声だ

「ああ、そうだったね。大丈夫だよ。明日で良いかい?」

「ええ、もちろん。私ね、先月いろいろあってね。圭太に話を聞いてもらいたいの」

「僕もいろいろあってね……。お盆が過ぎたら、しっかり就職活動をしようと思っている。もう一度テレビ報道の仕事をしたいと思う。簡単にリセットなんかしちゃいけないんだ。じゃー、明日会った時に」

そう言って、「エッ、何?」と問いかける聡美の声を耳に残したまま、一方的に電話を切った。でも、久しぶりの聡美の電話にちょっと救われた。

『理不尽に生を奪われた魂はどこに行ったらいいんだろう?』

不意に結羽の言葉が聞こえたような気がした。僕は、ノートパソコンを開き、パワーポイントを起ち上げた。保存していた講義の資料を読み込む。文字列や動画や画像が貼られたスライドをスクロールさせ、十枚目の真っ白のスライドに移動する。暫く白いディスプレイを見つめていると、ぼんやりと人影が見えてきた。ぼんやりとした輪郭が少しずつ鮮明になり、やがて、オレンジの傘をさした女性の姿になった。それは、陽炎のように儚げでもあった。(完)

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コメント

私の推察は当たってたようですね。
やはり、結羽は、理不尽な事故で
亡くなっていたんですね。

陽炎というタイトル、ウスバカゲロウ
そして、彼女の名前にも羽という一文字が
入っていることなど、関連性があるのかな
と思っていました。ウスバカゲロウに、
命のはかなさを感じます。やはり、結羽
のような気がしてならないです。

突然命を奪われたら、本人も残された者も
持って行き場のない気持ちを抱えることに
なりますよね。

中3の受験期に自殺でも事故でもなく、
おそらく脳出血の類ではないかと思いますが
突然亡くなったクラスメートがいました。
同じ高校を目指していてショックでした。 
母一人子一人だったので、残された
お母様がどんなに辛かったろうと...
恩師やクラスメートとの交流で、
思い出話をしたこともあります。
忘れないで、時折思い出すことが
供養になるのだなとあたらめて思いました。

投稿: casa blanca | 2014年3月18日 (火) 18時44分

なるほど

最終回にふさわし内容でした

casa blancaさんの推察力はすごいですね。

中学の時に友人と生ギターだけのデュオで
よく遊んでいたのですが、その相棒が大学生の時に
自ら命を絶ちました。

今でも彼と作った曲をギターで弾くことがあります。

突然の別れほど辛いモノはありません。

投稿: くるたんパパ | 2014年3月19日 (水) 05時46分

casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。
前回のcasa blancaさんの感想を読んで「見抜かれてしまった」と思いました。さすがですねー!

「陽炎」「ウスバカゲロウ」「結羽」この関連を読んで下さって嬉しいです。ただ、この三つがうまく関連づけられて話が書けたのかは心許なく思っています。

>ウスバカゲロウに、命のはかなさを感じます。やはり、結羽のような気がしてならないです。

ウスバカゲロウは、涼しくて、少しうす暗い所で見かけると思うのですが、casa blancaさんの仰るように結羽のイメージに重ねたかったものですから、どうしてもここで出したくて無理無理登場させた感があります。

中学生の頃の亡くなられたクラスメートの方やお母様のことを思うと胸が痛くなります。忘れないでいることが生きている者が出来るせめてもの供養なのかもしれません。

最後まで読んでいただいて感謝しています。感想はとても参考になりました。ありがとうございました。次作も頑張ります。

投稿: モーツアルト | 2014年3月19日 (水) 13時43分

くるたんパパさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>casa blancaさんの推察力はすごいですね。

ホントです。前回の感想でドキッとしました。見抜かれてしまったと思いました。さすがですね。

ご友人の突然の死、驚かれたことと思います。とても残念なことだと思います。
この拙い小説で、いろんなことを感じていただいて、それだけでも書いて良かったと思います。

最後まで読んでいただき、貴重な感想までいただき本当に感謝しています。本当にありがとうございました。
次作も頑張ります。これに懲りずに読んでいただけたら幸いです。

投稿: モーツアルト | 2014年3月19日 (水) 13時49分

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