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2014年3月15日 (土)

小説「陽炎」~その7~

僕は少し黙った後

「それより、君のことも教えてもらえると嬉しいな」

彼女は空を見て、少し考え込んで、そのままの姿勢で話した。

「私は大学院の学生です。宝塚から京都の大学に通っているの。今は夏休みで、父の実家に来ているの。祖父が少し具合が悪いということで、祖母の手伝いをしながら、修士論文を書いています。この夏にある程度仕上げておかないと秋から大変なのよ。朝早く起きて、少し涼しい内に修論を書いて、こうやって散歩に出てきて気分転換をする。そして、また家に戻って続きをする。夕方から祖母のお手伝いで、買い物をしたり、夕飯の準備をしたりして過ごすわ。本当は、ジムに行って、筋トレしたり、泳いだりしたいんだけど、そうもいかないしね。夜は少しだけ机に向かって早く寝る。だいたい毎日こんな感じかな」

それは、僕にじゃなくて、白い雲のようにぼんやりと浮かぶ朝の月に話しかけているようだった。

asanotuki

「すごく健康的な生活だね。とても良いよ。どんな修士論文を書いているの?」

「マスメディアと現代ジャーナリズムの批判的検証。タイトルは仰々しいけど、要するに、今のテレビや新聞はこのままでいいの? ということかな? あなたがやっていた仕事とも関係がありそうね。あなたのお話を聞いて、修論の内容が深まりそうだわ」

そして、少し考え込むように下を向いてから

「今、奥様はどうして居られるんですか?」

唐突な質問だった。

「イラストの仕事をして一人で暮らしている。時々電話がかかってきたり、たまに飲みに行ったりしている。変だよね。別れたのに」

「やっぱり、未だあなたのことが好きなのね。きっと戻ってこられると思うわ」

僕の目を見ながら、当然決まっている未来の出来事のように話されると、僕は信じてしまいそうになる。

「でも、彼女は、僕の激しい情熱も愛情も感じられなくて、物足りなくて、退屈で、それで別れたんだよ。僕はきっと、これからも、そんな風には出来ないと思う……嫌いになった訳じゃないとは言っていたけど……」

そう言いながら、あの時の聡美の悲しそうな顔を思い出した。

「結婚もしたことがない私が言うのも変だけど、奥様が言うそんな愛情のあり方って何だか嘘くさいと思う。でも、何だか、その気持ちわかるような気がするなー。そんな愛が永遠に続く訳じゃないのにね。奥様も、そんなことは、もうとっくに分かってらっしゃると思う。きっとあなたが必要なんだと思うわ。でも、男の人も変わる努力をしないといけないと思うけどな」

じっと前を見つめてそう言ってから、僕の方を向いて

「あっ、また生意気言っちゃった。何にも知らないくせにね」

と言って、少し笑った。

僕は、斜め前に立つ常夜灯の<上るな危険!>と書かれた貼り紙をぼんやり見て黙っていた。

<上っても良い時もあるのかもしれない>

 

シオカラトンボが僕らの前をすーっと横切ると、彼女は日傘を持って立ち上がり、にっこり笑って「帰ります」と言った。

siokaratombo

「あっ、またね。明日も来る?」

彼女は、黙って頷き、日傘を開いて歩き出した。僕は、ゆっくりと坂道に沈んでいく彼女の後ろ姿を見ていた。まだ何度も会ったわけでも無いのに、こんなに深く話が出来たのは、あの不思議な高熱のせいだったのかもしれないと思った。(つづく)

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コメント

おはようございます

修士論文で苦戦している学生を思い出してしまいました(^0^;)

彼と彼女がやりとりする情景が
浮かんできますよ。

投稿: くるたんパパ | 2014年3月16日 (日) 05時21分

>僕は、斜め前に立つ常夜灯の<上るな危険!>と書かれた貼り紙をぼんやり見て黙っていた。

<上っても良い時もあるのかもしれない>

というところが、とても印象的でした。
主人公は、この出会いをきっかけに、変わっていくのでしょうか?

雲みたいな朝の月って、きれいですよね。

投稿: 三日月猫 | 2014年3月16日 (日) 10時59分

初対面に近い人と
身の上話をしてしまう

自然とそういう流れになるような
何かがあるのでしょうねぇ、
二人の作り出す空気
ん? 彼女の作り出す空気かな?

常夜灯、上ってもいい時があるのかも
私も、そこ、面白いなって
思いました。(笑)

投稿: casa blanca | 2014年3月16日 (日) 13時38分

くるたんパパさん
読んでいただいてありがとうございます。

>彼と彼女がやりとりする情景が
浮かんできますよ。

嬉しいです。情景を描いたつもりでも、読んでいる人はまったく情景が浮かばないということがよくあります。
なかなか難しいです。
そろそろ終盤に差し掛かります。

投稿: モーツアルト | 2014年3月16日 (日) 21時00分

三日月猫さん
読んでいただいてありがとうございます。

>というところが、とても印象的でした。
主人公は、この出会いをきっかけに、変わっていくのでしょうか?

ありがとうございます。一度出した常夜灯をどう処理すべきか、いろいろ考えました。あまり自信がなかったのですが、そう読んでいただけたら嬉しいです。

月とか太陽とか、いつも見ているようで、案外見ていないんですよね
たまに気付くと、とても魅力的に見えることがあります。
いよいよ終盤です。良かったらつづきも読んでいただけたら嬉しいです。

投稿: モーツアルト | 2014年3月16日 (日) 21時06分

casa blancaさん
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>自然とそういう流れになるような
何かがあるのでしょうねぇ、

初対面なのにいろんな話をしたことがありました。高熱を出さなくてもそんなことがあるんですね

>常夜灯、上ってもいい時があるのかも
私も、そこ、面白いなって
思いました。(笑)

ありがとうございます。神社の常夜灯って面白いというか、不思議な感じがします。特別な存在感を感じてしまいます。
そろそろ終盤に入ります。良かったらまた続きを読んでいただけたら嬉しいです。

投稿: モーツアルト | 2014年3月16日 (日) 21時17分

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