« 小説「出前迅速」~その3~ | トップページ | 春のひと時 春眠暁を覚えず »

2014年4月10日 (木)

小説「出前迅速」~その4~

ペガススは相変わらずマイペースでのんびり走っている。そろそろ出前の範囲外に出そうであるが、もうそんなことはどうでもいい。

欅通りを右に曲がってイチョウ通りに入った。眼が痛くなるほど鮮やかなイチョウがどこまでも続いている。

ichoudouri

イチョウがこんなにも綺麗に色づくことなど、前川は今まで気付いたことがなかった。そんなことをフッと考えていると、イチョウの間から突然小さな自転車が飛び出してきた。前川の右足が大きくブレーキを踏む。後ろのタイヤが少しぶれながら嫌な音を立てる。車が自転車の少し前で止まる。ハンドルを握る前川の手が震えていた。ハンドルから震える手を引き離すようにして、慌ててドアを開け、外に飛び出した。降りた瞬間、膝ががくがくするが、何とか自転車の側に来る。倒れた自転車の側に、男の子も倒れていた。前川が近づくと男の子がきょとんとした顔で前川を見た。

「大丈夫か? ケガしてないか?」

小学校の一、二年生くらいか、男の子は驚いてバランスを失い倒れたようだ。ズボンの左膝に血の染みが付いていた。

「ちょっと待っとけ! 今、テープを持ってくるからな」

前川は急いで車に戻り、ダッシュボードから救急バンを取り、男の子の側に座る。ズボンをまくり上げて傷の様子を見る。血は滲んでいるが、少し擦りむいた程度だった。救急バンを貼って、ズボンを下ろして男の子の顔を見て

「おい、気をつけろよ。下手したら大怪我してたぞ。ちゃんと一旦停止しなあかんやろ」

そう言って睨んだ後、ニッと笑って、男の子の頭を撫でた。

「うん。ブレーキかけたんやけど、ブレーキがかからんかった。僕、びっくりして……」

泣きそうになりながらそう話す男の子の肩に手を置き

「よし、兄ちゃんが見てやる」

ブレーキを点検する前川を、瞼に少し涙をためて、男の子がジーッと見る。

「両方ともアカンわ! 自転車屋さんで直してもらわないとアカンな。家まで押して帰った方がいいな」

zitensha2

男の子が何度も手を振って自転車を押して帰って行った。前川も手を振る。男の子が大きなイチョウの木を曲がると、そこに小さな風の渦が起こり、黄金色の葉が舞い上がった。そして、前川には、この数分間の出来事が、まやかしであるかのようにも思えてきた。

「良かったな……急ブレーキで踏みとどまったよ……」

そう呟いて車に戻る。もし、あの車に出会わなくて、あせって出前に向かっていたらどうなっていただろうなどと、フッと考える。

ペガススはもう見えなくなっていたが、そのまま車を走らせた。急ぐ必要のない前川は、ラジオのスイッチを入れる。ギターのイントロに続いて、前川の好きなコブクロが流れてきた。運転は身体にまかせ、記憶から湧き出る思いに意識を解放した。(つづく)

|

« 小説「出前迅速」~その3~ | トップページ | 春のひと時 春眠暁を覚えず »

小説・童話」カテゴリの記事

コメント

今日は、北から南へ広範囲で
車を運転していました。
帰りに、事故を起こしたばかり
のところに遭遇。
シルバーマークのついた真新しい車の
前面がぼこぼこに凹んでました。
ちょっと時間がズレていたら、
自分が巻き込まれていたかもなんて
考えちゃいました。

前川、どんどん色んなことに遭遇して
いますね。ラーメンならのびて、ピザ
なら冷めてるかもですね。

投稿: casa blanca | 2014年4月11日 (金) 01時12分

出前と言えば
自転車に乗って、片手でそばを出前しているイメージがありますよね。

実際にそうやって出前をしていたんだと思いますが、あれはワザが必要ですよね。

すいません、そんなことをふと思い出してしまったので…(^0^;)

投稿: くるたんパパ | 2014年4月11日 (金) 05時37分

車を運転しながら考えることや、起きた出来事にどう対処するのかということから、主人公がどんな人なのか、どんどんわかってきました。
今回は、主人公のやさしさが伝わってきた気がします。

これから、どんなことが起きて、主人公は何を考えるのでしょうか。
とても楽しみです。

投稿: 三日月猫 | 2014年4月11日 (金) 13時00分

casa blancaさん
コメントが遅くなってすみませんでした。
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>ちょっと時間がズレていたら、自分が巻き込まれていたかもなんて考えちゃいました。

僕もそんなことがよくあります。ホントに1、2秒の違いで、ぶつからずに済んだとか、ひやっとします。気をつけないといけませんね。

>前川、どんどん色んなことに遭遇して
いますね。ラーメンならのびて、ピザ
なら冷めてるかもですね。

すみませんホントそうですね。もう自暴自棄になっているのです。もともといい加減な性格なんですね

投稿: モーツアルト | 2014年4月14日 (月) 10時57分

くるたんパパさん
コメントが遅くなってすみませんでした。
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>実際にそうやって出前をしていたんだと思いますが、あれはワザが必要ですよね。

そうですね。最近見かけなくなりましたね。うちに来る出前はバイクか軽自動車になりました。自転車はさすがに見なくなりましたね。
懐かしいなー

投稿: モーツアルト | 2014年4月14日 (月) 11時00分

三日月猫さん
コメントが遅くなってすみませんでした。
いつも読んでいただいてありがとうございます。

>今回は、主人公のやさしさが伝わってきた気がします。

いい加減なだけではあまり魅力が無いなーなんて考えて、ちょっとエピソードを入れてみました
短編なのですぐに終わってしまうのですが、良かったら最後まで読んでいただけたらうれしいです。

投稿: モーツアルト | 2014年4月14日 (月) 11時04分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「出前迅速」~その4~:

« 小説「出前迅速」~その3~ | トップページ | 春のひと時 春眠暁を覚えず »