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2014年4月22日 (火)

小説「出前迅速」最終話

前川がペガススに目を向けた時、車が走り出した。前川も慌てて、軽のワゴンを走らせた。

幸い、軽トラを前に一台置いてペガススに付くことができた。右手でハンドルを握り、左手でもう一度レシートの裏のコピーを見た。フッと見上げたルームミラーにあの晩の真以の姿が浮かんだ。

 

「……一生そうやって生きていくつもりなの!」

それから、すーっと立ち上がり

「ゆっくりでも、立ち止まってもいい。引き返すことがあってもいい。でも、前に道が無かったら進めないのよ。あなたの道を作りなさいよ!」

少し離れたペガススのねずみ色のテールを見ながら、前川は呟いた。

「整備士の勉強、もう一度始めようか。まだ遅くないよな……」

自分に言い聞かせているのか、頭の中の真以に語りかけているのか、相変わらずのんびり走るペガススに語りかけているのか? この車を追いかけているうちに、今まで心のどこかに隠してきた思いが、少しずつ明確な意志を持つようになってきたような気がする。

首になるにしても、ならないにしても、きちんと謝ろう。そして働かして貰えるのなら働こうと思った。整備士専門学校に行くにもかなりのお金が必要なはずだ。前川には、今まで出鱈目に走ってきた道の向こうに、少しずつはっきりした道程が見えてきたような気がした。

ペガススが突然ハザードランプを点滅させた。そして、黄金色のイチョウの葉で覆われた路肩にすーっと寄る。イチョウの葉がカサカサっと音を立てて車が止まった。前川は慌てて、ペガススを追い越し、ペガススの前に止まっていたレモンイエローのワーゲン・ビートルの前に軽を止めた。右側のサイドミラーから辛うじてペガススが確認できる。少ししてペガススのドアがゆっくり開いた。前川の心臓がドクンと大きな音を立てた。サイドミラーから目を離せなかった。サイドミラーに赤いスニーカーが映った。前川はミラーのレバーをゆっくり上向きに上げていく。ジーンズ、白いセーター……

batle

彼女は、ワーゲンの運転席の窓から顔を出した若い女性に笑いかけ、少し話した後、手を振ってペガススに戻った。

前川の大きなため息が、軽のワゴンの隅々まで行き渡ると、シートに思いっきり身体を預け放心したように笑った。そして、前川の右手をペガススが通り過ぎると、大きく軽をユーターンさせた。

「随分と遅れちまったけどな……」

怒鳴る客の前で何度も頭を下げる自分の姿をルームミラーに映して、前川は苦笑した。

そして、近いうちに真以に会いに行こうと思った。この半年をただの空白に終わらせないようにしようと思った。(了)

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コメント

ゆっくり自分のペースをまもって走るペガススを追いかけながら、主人公は自分のこれまでの人生を、頭の中で生きなおしたのですね。それも、とても深く。
そういうことって、生きていると、必ずありますよね。


投稿: 三日月猫 | 2014年4月23日 (水) 09時36分

ついに出前完了になりそうですね。(笑)

真以の父親が乗っていたというペガスス
その車が目に留まり、そのおかげで
自転車の少年をはねずに済んだ。
そして別れた彼女との思い出が頭をめぐる。

ペガススの運転手も確認できたし、
自分の進むべき道も見つけることができた
ようで、良かった~

配達完了までの時間、実際には
どれくらいだったんでしょうねぇ。(^~^*)

楽しく読ませて頂きました。

投稿: casa blanca | 2014年4月23日 (水) 10時13分

三日月猫さん
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
いつも丁寧にコメントしていただき感謝しています。

小説ってホント難しいとつくづく思います。充実感より凹まされることの方が遙かに多いです。
昨日も随分凹んできました
それでも書きたいと思うのが不思議です
駄作に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
良かったら次回作も読んでみて下さい。

投稿: モーツアルト | 2014年4月23日 (水) 23時16分

casa blancaさん
最後まで読んでいただいてありがとうございます。いつも丁寧なコメントもいただいて感謝しています。どんなに励まされたか計り知れません

>ペガススの運転手も確認できたし、
自分の進むべき道も見つけることができた
ようで、良かった~

実は、ペガススに乗っていたのは真以だったという終わり方だったのです。いろいろ考えて別人にしました。それが良かったのか、悪かったのか、未だにわかりません

>楽しく読ませて頂きました。

そう言っていただけるとホントに嬉しいです。駄作に最後まで付き合っていただき本当にありがとうございました。
次作も読んでいただいたら嬉しいです。

投稿: モーツアルト | 2014年4月23日 (水) 23時23分

おはようございます

自分の進むべき道、
見つけることができましたね

この年令になっても、一体自分はどこに向かっているんだろう?と思うことがあります。

歌のではありませんが、
「時の流れに身をまかせて」というのには、歳をとりすぎてしまいました(^0^;)

なるほど、ペガススに乗っていたのは真以だったということなんですね。
次作も楽しみにしていますね。

投稿: くるたんパパ | 2014年4月24日 (木) 05時54分

ペガススの運転手が真以なのかなと
途中、私も思ってたんです。
それじゃ、あまりに安直過ぎるかとも
思ったり...

なので、この終わり方に
流石と思っておりました。
私はこのラスト好きですよ。

投稿: casa blanca | 2014年5月 3日 (土) 08時41分

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