小説「春の訪れ」第2話
<メタ・メッセージ>
この小説を書くにあたって、自分に課した課題の一つは、音楽をどのようにテキスト(文字列)で表現すべきか、ということでした。かなり腐心したつもりですが、いささか心もとないのです。
是非、アドバイスお願いします。
小説「春の訪れ」第2話
緑川拓磨(みどりかわたくま)と知り合ったのは五年前の二月の終わり頃だった。木星彰の職場「テクニカルアート専門学校」であった。緑川は音楽家兼、音楽プロデューサーという肩書きで、芸能系講座の非常勤講師だった。木星よりも二、三歳年上だと思う。前の年から、この専門学校の講師をしていた。木星彰が講師をしているコンピュータ系の講座にも時々顔を出す。DTM(デスクトップミュージック)に興味があるらしく、この講座の時は必ず、一番後ろの席でコンピュータを睨んでいる。
「先生もDTMをやられるんですか?」
木星彰が訊ねると
「面白いと思うけど、僕はこういうのが苦手なんだ」
タワー型の本体に右手を載せる。
「でも、これで音楽を作って、編曲して、演奏までしてしまう。驚きだね。まさに音楽の革命だ。ベートーベンも驚きだ!」
緑川は足を組んだまま、両方の手のひらを上に向ける。薄いサングラスを掛け、肩まで伸ばした髪の彼がそうすると、何となく自然に見える。背が高くて、痩身の彼は十分に知的に見える。
「君もこれで曲を作ったりするの?」
細くて長い指でディスプレイを指さし、木星の顔を見て訊ねた。尖った鼻と、薄い唇。薄いサングラスの奥の聡明そうな眼差し。フッと眼をそらし
「作りますよ。音楽そのものは専門ではないのですが、このDTMは好きです。僕の担当している講座では、これが一番ですね。これのお陰で、僕は作曲者にも編曲者にもなれるし、もちろん指揮者にもなれます。自由自在に音を操れます」
「ふうーん」と言って、木星の顔とディスプレイの五線紙を見比べて口許を歪めた。木星にはその仕草も十分に魅力的に見えた。
「君の作った曲を聴かせてくれないか?」
木星は少しだけ考える振りをした。
「良いですよ。最近作った曲です。聴いてみて下さい。『雪解けのオブジェ』というタイトルです。今の季節にぴったりだと思います」
緑川は、背もたれに深くもたれ、足を大きく組んで目を閉じた。
ファイルを読み込み再生アイコンをクリックする。ディスプレイの両脇に置かれたスピーカーからピアノのアルペジオと鉄琴の軽やかなイントロが流れてきた。続いてハープシコードがメロディーを歌う。そのメロディーに調和するように電子オルガンが控えめにサブメロディーを歌う。ストリングスが和音を奏で、コントラバスが深みを与える。時折クリスタルの音が、光が跳ねるように音を弾ませる。それらは調和しながら、次々と音の世界を作り出す。Bメロに移ると、ハープシコードとオルガンが入れ替わり、オルガンが主旋律を奏でる。ハープシコードがそれを追いかける。夜の間に積もった雪が、朝日に照らされて、少しずつ解けていく。建物も、木立も、アスファルトの道路も、キラキラと光りながら、その姿を現す。光となったクリスタルがそれらの上を弾みながら四方に音を散らばらせる。新しい一日の始まりが表現され、同時に、重厚なコントラバスの音が、昨夜の気怠さと、もの悲しさを引きずる。やがて、弦楽器だけになったサウンドが、静かにフェードアウトしていく。それは、やがて始まる朝の喧噪の少し前の、ほんのひと時の風景であるようだ。
緑川は、いつの間にか身体を起こし、両足を揃え、食い入るようにディスプレイを見ていた。曲が終わり、部屋の中がハードディスクのモーター音だけになると、背もたれにどっかりと倒れ込み、深いため息をついた。それからゆっくりと起き上がり「ありがとう」と呟いて、部屋から出て行った。
木星は、まだ教室のそこら中に漂っている音符が、少しずつ白い壁に吸い込まれていくのを待ちながら余韻を楽しむ。彼は気に入ってくれたのだろうか?(つづく)
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コメント
おはようございます
音楽をテキストで表現するのは難しいですよね。
でも『雪解けのオブジェ』がどんな曲なのか、
この文書でなんか想像つきますよ。
>クリスタルの音が、光が跳ねるように音を弾ませる
とか、
コンバスの表現なども大好きです。
さて次回は、彼はどんな行動に移るやら
投稿: くるたんパパ | 2014年5月18日 (日) 07時55分
くるたんパパさん
音楽を文章で表現するのはホントに大変だと思いました。
>でも『雪解けのオブジェ』がどんな曲なのか、この文書でなんか想像つきますよ。
そうだと嬉しいです。実際の曲よりも小説の曲の方が良く聞こえたりしたら良いですね
良かったらまた読んで下さい。
投稿: モーツアルト | 2014年5月18日 (日) 22時28分
こんばんは。
音楽に造詣の深いお二人が難しいと
おっしゃっるなら、そうなんでしょうね。
ラストの
>そこら中に漂っている音符が、
>少しずつ白い壁に吸い込まれていく
ここも面白かったですよ。
投稿: casa blanca | 2014年5月18日 (日) 22時59分
casa blancaさん
コメントが遅くなってすみませんでした。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
>ラストの
>そこら中に漂っている音符が、
>少しずつ白い壁に吸い込まれていく
ここも面白かったですよ。
ありがとうございます。
自分でもちょっと気に入っている描写です
音楽を文字で表現するのはとても難しいです。多少でも、読んでいただいている方に伝わると嬉しいのですが……
投稿: モーツアルト | 2014年5月21日 (水) 12時09分