小説「春の訪れ」(メタ・メッセージ)
今回から連載させていただく小説のメタ・メッセージを少し。
少し読んでいただくと「ああー、あの事件ね」とお気づきになると思います。そうです。あのゴーストライター事件(?)です。
でも、この小説はドキュメントでも、ドキュドラマでもないんです。事実をトレースしたものではなく、ある作曲家兼音楽プロデューサーが居て、ゴーストライターが居て、その楽曲がメディアで話題になった。という事実を借りて小説にしたものです。登場するゴーストライターや音楽プロデューサーは、実際のN氏やS氏とはまったく無関係です。
といっても、どうしても実際の事件のイメージや、人物をイメージしてしまいます。この小説はやっぱり「事実」を超えることが出来ないのだと思ったりもするのですが、読んでいただいた方はどう思われるでしょうか。
小説「春の訪れ」~その1~
頭に浮かんでくるイメージを電子ピアノの鍵盤で何度もトレースするのだが、明るい曲調に変化するフレーズがなかなか決まらない。諦めて、コンピュータの画面をリズムパートに変えた。小太鼓の音源を選んで、鍵盤を叩いてみる。弾むような小太鼓の音を何度も聞いている内に、突然、メロディーが浮かんできた。この太鼓のリズムが、湧き出たくてうずうずしていたメロディーの扉をようやく開けてくれたのかもしれない。一度出てきたメロディーは造作も無く次々と後に続くメロディーを引き出し、頭の中でどんどん膨れあがる。それらが消えてしまわないうちに、慌てて画面を主旋律のパートに切り替える。音源をピッコロに変えるマウスの操作が間怠い。頭に格納された音達を、鍵盤で一つずつ音符に変えてやる。鍵盤を弾く両手が音達に導かれるように勝手に動いていく。まるで次に弾く鍵盤にランプが灯っているかのように、その手は確実に次々と音を捉える。
突然、手が止まる。頭にあった音が消えた。何の前触れも無く突然消える。そして、また、次の音が生まれるまでジーッと待つ。
そんな作業を何度繰り返したのだろうか。コンピュータのディスプレイが歪んできた。時計を見たら深夜の二時。木星彰(きぼしあきら)は目を閉じて、マウスから離した右指を目頭に当てた。あっという間の五時間だった。2014年の今年、35歳になった自分には五時間の集中が限度かもしれないと思った。「春の訪れ」というファイルネームを確認した後、上書き保存をクリックして音楽ソフトを終了させた。その後、メーラーを起ち上げ、幾つかの新着メールをチェックした。あの男のメールが届いていた。
「もう完成したかな? 後三日ほどでよろしく頼む。期待しているよ。緑川拓磨」
短いメールだった。木星は少し顔を歪めて
「納期は守れると思う。完成したらMIDI(ミディ)・データをメールに添付する。聞いてみて、君の意に沿わないところがあれば連絡してくれ。木星彰」と返信した。
カーテンを少し開けると、窓に自分の姿が映る。長く伸びた髪。少し肉が落ちた細い顔。目元には疲労が貼り付いていた。電気を消して、西の空を見る。13日の月が少し歪んで浮かんでいた。
「もう、これで終わりにしよう」
木星は月を見て呟いた。今まで何度も呟いてきた空虚な言葉を。
| 固定リンク
« 忘れ物 | トップページ | 小説「春の訪れ」第2話 »
「小説・童話」カテゴリの記事
- Hello そして……Good-bye(2017.11.21)
- 真夜中の声(後編)(2017.05.21)
- 真夜中の声(2017.05.19)
- 移動図書館(2016.05.11)
- ぼくがラーメンをたべてるとき(2016.03.20)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
あの事件は、
あまりにも身近すぎました。
正直、どこにでもある話なのかも
学生時代に、知り合いから呼ばれてレコーディングスタジオに行って、ギターを録音したことがあります。
でもこれも同じような類いです。
もちろん音楽だけのことではありませんよね。
「春の訪れ」ってだいぶ前に
モーツァルトさんが紹介していた作品のタイトルですよね。
(違っていたらすみません)
投稿: くるたんパパ | 2014年5月15日 (木) 21時19分
くるたんパパさん
早速読んでいただいてありがとうございます。
>「春の訪れ」ってだいぶ前に
モーツァルトさんが紹介していた作品のタイトルですよね。
そうなんです。ユーチューブにアップしていた曲のタイトルです。
今回の事件でいろいろと考えさせらることがありました。小説にしてみたいと思いました。
もし良かったら読んでいただいて、批評していただけたら嬉しいです。
投稿: モーツアルト | 2014年5月15日 (木) 22時51分
あの事件は、ビックリ仰天でしたけど、
公にはなってないだけで、
結構ある話なのかなと...
S氏、N氏のような
こちらが嫌な思いにならないような結末
であって欲しいなと願っております。
投稿: casa blanca | 2014年5月16日 (金) 09時15分
casa blancaさん
読んでいただいてありがとうございます。
この小説は掲載するかどうか迷ったのですが、思い切って掲載しました。
>S氏、N氏のような
こちらが嫌な思いにならないような結末
であって欲しいなと願っております。
ご期待に応えられるかどうか心配ですが、良かったら次回も読んでみてください。
投稿: モーツアルト | 2014年5月16日 (金) 11時07分