小説「Angel/小さな翼を広げて」~その7~
♣
「森田さんだよね……」
僕の声は擦れていたかもしれない。ゆっくり頷く彼女を見ながら僕はその場に座り込みそうになった。どうにか気持ちを落ち着けて、来意を告げ、教務主任のところに案内してもらった。一番奥の教務主任の机に着く直前に
「後で話がある。すぐに帰らないでね」
僕の耳元で急いでそう言うと職員室を出て行った。
ところどころ白髪が目立つ穏やかそうな教務主任に名刺を渡し、車の中で何度も繰り返した挨拶をしようとしたら言葉が出てこなかった。額にジワッと汗が出てきた。
「夢工房さんね。さっき長治原さんから電話があったよ。話はだいたい聞いたから後は担当の先生と話してください。ご苦労さまです」
彼は僕の話を待たずに、担当の教師の机に案内した。ショートカットのちょっとキュートな教師に名刺を渡し
「夢工房の立川と申します。遠足の……」
今度はすらすら言えた。
彼女との話が終わり、立ち上がって挨拶している時に森田さんがやって来た。森田さんは小さく頷いて職員室の後ろの部屋に案内した。コーヒーの染みが付いたテーブルと、所々破けたチェックのソファーと教室にある児童用のイスが二つ置いてあった。壁には「快適でゆとりある職場環境を!」と書かれた労働組合のポスターが貼ってあった。森田さんは僕にソファーを勧め、自分は向かい側の児童用のイスに座った。胸にピンクのアディダスのロゴが入ったグレーのジャージの上下姿で、「教務必携」と書かれた赤いA5版のノートを机の上に置いた。
「何度も手紙を書いたの。でも、出さなかった。あの時の私が、何の注釈も補足もなく、そのまま立川君の心の中にあって欲しかったから。そして、必ずまた会えると分かっていたから」
森田さんは少し怖い顔をして僕を真っ直ぐ見て、それからフッと微笑んだ。そこには間違いなく小学生や中学生の森田さんが居た。左側にだけえくぼが出来る笑顔。僕は心も身体も適度にもみほぐされた後のように安らいだ。(つづく)
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コメント
おはようございます
エクボは、あの時のままだったのですね。
中学の幼馴染と久しぶりに再会したときに、ふとした仕草を見て、あの頃を思い出すことがあります。
何十年経ってもかわっていないことに、ホッとする瞬間ですよね。
投稿: くるたんパパ | 2014年10月23日 (木) 07時30分
くるたんパパさん、お早うございます。
いつもありがとうございます。
>何十年経ってもかわっていないことに、ホッとする瞬間ですよね。
ありますね。何気ない仕草で当時のことがまざまざと甦ることってあります。先月あった同窓会でもそんなことがありました。最初に出会った時は年月に応じて見かけは変わっているのですが、話しているとそんなことは感じなくなってしまいます。面白いですね。
投稿: モーツアルト | 2014年10月23日 (木) 11時53分
何てタイムリーなんでしょう。
ほんとに驚きました。
水曜の晩に綾瀬はるかのドラマに出ていた
福士蒼太の笑顔を見て、中1の時に好き
だったクラスメートを思い出してたんです。
どちらも笑うとキュートなエクボがあるん
ですよ。
「また会えると分かっていたから..」
さらりとそう言えることが凄いけど
そういうカンってありますよね。
さてさて、再会した二人に
何が起こるのかなぁ。
投稿: casa blanca | 2014年10月24日 (金) 09時50分
casa blancaさん、こんにちは。
それは何とタイムリーな
あるんですよね、そういうことが。
何だかこちらまで嬉しくなります。
>どちらも笑うとキュートなエクボがあるん
ですよ。
いやー良いですね。僕の初恋の人も片方にだけえくぼが出来ました。思い出すと、今でも切なくなります
投稿: モーツアルト | 2014年10月24日 (金) 12時08分