« 異変が…… | トップページ | 小説「Angel/小さな翼を広げて」~その7~ »

2014年10月21日 (火)

小説「Angel/小さな翼を広げて」~その6~

玄関に入ると正面に大きな木製のレリーフがあった。たぶん何年か前の卒業制作なのだろう。星座を観測している子ども達の様子が彫られていた。真ん中の少し上に彫られたオリオン座が目を引いた。校名が擦れて見えにくくなった来客用のスリッパに履き替え「夢工房ひまわり・立川」と書かれた首に掛けた名札プレートに手を触れて確認した後、廊下に出た。廊下の両側に大小の部屋が並ぶ。ゆっくり歩きながらそれぞれの入り口に掲げられたプレートを確かめる。職員室と書かれたプレートのドアの前で立ち止まり、大きく深呼吸をする。ドアをノックしようと右手の拳を上げたときにドアが開いた。出てきた女性と目が合った。僕の身体を大量の電子の信号が貫いた。脳の中の一番大事な、そして心地よい記憶が信じられない位急速に身体を駆け巡った。そして、身体中の神経を覚醒させた。あの懐かしい顔、声、匂い、感触、そして、二人の間にあったわずかな空気の流れさえそこに感じることが出来た。首に掛かった彼女の名札プレートには<森田>と書いてあった。

「立川君……」

その声はあの森田さんのものだった。森田さんの背後の職員室の風景<ノートパソコンのキーボードを忙しく叩く人、深刻な顔で電話をしている人、印刷物を抱えて忙しそうに歩く人>がスーッと色を無くし、職員室の窓の外には中学生だったあの日の風景がスライドのように映し出された。

お盆の後の登校日に、森田さんが言いにくそうに僕に言った。

「お父さんの仕事の都合で転校するかもしれない。早ければ二学期に入る前。遅くとも三学期はこの学校ではないと思う。立川君と会えなくなるのはとても残念。でも、私にはどうすることも出来ないものね。でも、きっと又会えるような気がする。これはとても確実な予感よ。私の予感はだいたい当たるんだから。そうね、これは、予感じゃなくて、確実な未来の出来事なんだと思う。だから、その時はまたよろしくね」

森田さんは少し笑ってそう言ったけど、気持ちをどう表現していいのか分からない僕の表情を見ると、ちょっと俯いて、それから真っ直ぐ僕の顔を見て

「きっとよ」

taiyou

と言った。今度は笑っていなかった。運動場の上にはお昼の太陽だけがあり、後は何も無かった。ついさっきまで汗をかいていたのに今は汗が無い。森田さんは真上の太陽の光のせいで蜃気楼のように淡く揺れて、そのまま消えてしまいそうだった。(つづく)

|

« 異変が…… | トップページ | 小説「Angel/小さな翼を広げて」~その7~ »

小説・童話」カテゴリの記事

コメント

おはようございます

「転校」という言葉が、とても懐かしく思いました。

子供にとって「転校」ってとても残酷なものですよね。
突然、友達と別れることになるわけですから。

そんな経験はしたことがありませんが、小・中学校で転校していった友達のことを急に思い出しました。

きじには関係ないコメントですみません。

投稿: くるたんパパ | 2014年10月22日 (水) 05時36分

こういう再会って、人の縁の不思議
嬉しいですよね。

自分が転校したことはないのですが、
友達の転校、初めて経験したのは
小学校の2年の時でした。
松山から福岡へ越していった友、
本当に引っ越したのかなと
よく遊びに行ってた彼女の家に
行ってみたら、本当にいなくて
涙したことを覚えています。
彼女のお母さんの博多弁と共に
私の中の彼女は当時のままです。

あらま、くるたんパパさんと
同じようなコメになってました。

投稿: casa blanca | 2014年10月22日 (水) 09時50分

森田さんがまた登場して、「わぁ!」と思いました。
彼女のことはとても気になっていて、「森田さんは、どうしたんだろう」と思っていましたから。

これからの展開が、とても楽しみです。

投稿: 三日月猫 | 2014年10月22日 (水) 10時07分

くるたんパパさん、今晩は。
いつもありがとうございます。

>そんな経験はしたことがありませんが、小・中学校で転校していった友達のことを急に思い出しました。

僕も転校の経験はないのですが、好きな子が急に転校してしまったらどうしようなんて考えながら小説を書いていました。
またいつか巡り合いたいなんて思いながら書きました。

投稿: モーツアルト | 2014年10月22日 (水) 23時24分

casa blancaさん、今晩は。
いつもありがとうございます。

>こういう再会って、人の縁の不思議
嬉しいですよね。

そうなんです。まったく思いも寄らない再会ってありますよね。本当に人の縁の不思議を感じてしまうことがあります。最近もそんなことがあって驚きました。生きてて良かった!なんて思ってしまいます。

投稿: モーツアルト | 2014年10月22日 (水) 23時27分

三日月猫さん、今晩は。
いつもありがとうございます。

>彼女のことはとても気になっていて、「森田さんは、どうしたんだろう」と思っていましたから。

そうなんですか!!
森田さん再登場です
やっぱりあそこで終われませんよね
2人がこれからどうなるのか、見守ってください。
ご期待に応えられるといいのですが……。

投稿: モーツアルト | 2014年10月22日 (水) 23時31分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「Angel/小さな翼を広げて」~その6~:

« 異変が…… | トップページ | 小説「Angel/小さな翼を広げて」~その7~ »