小説「Angel/小さな翼を広げて」~その8~
「僕は、あの時とあまり変わってないと思う。森田さんと別れてから、また一人だったけど、高校に入って友だちが二人できた。加藤君と結城さんって言うんだ。吹き矢もしたし、バンドも作って練習した。彼らのお陰で比較的安定した高校生活を送ることが出来た。君はどうだった?」
森田さんは少し考えてから
「そうね。いろんなことがあったし、少しの時間でとても要約できないわ。でも、無理に要約すると、あなたと同じように比較的安定した生活だったと思う。大学で教職をとってこの県の採用試験を受けた。私達が小学校から中学校まで過ごした場所に帰りたいと思った。少なくとも近くに戻れるような気がしたの。そして、この町に採用された。採用が決まった時に、何の根拠もないけど、これで立川君に会えると思った。そして今日会えたわ」
笑った口許からのぞいた八重歯と、スーッと頬を掠める初夏の風のような目元もあの時と同じだった。
「今日はこれから会議があってゆっくり話が出来ないの。今日の夕方空いてる?」
「僕は大丈夫だよ。いつも大概一人で過ごしているから」
「良かった。じゃー、六時に駅前のスタバで良い?」
僕の返事も聞かずに、森田さんは立ち上がって「教務必携」を抱えて部屋を出て行こうとしてくるっと振り返り
「ホントに立川君なんだ!」
心から安心したような顔を僕に向けて部屋から出て行った。
十五分前にスタバに着いた。レギュラーコーヒーを受け取って二人掛けのテーブルに席を取る。森田さんはまだ来ていなかった。仕事帰りや、学生風の男女でほぼ満席だった。仕事や授業から解放された人々の顔は一様に明るい。コーヒーをふた口飲んで、文庫本を三ページ読んだ時に森田さんがやって来た。群青色のオーガニック(たぶん)コットンセーターと白いジーンズ。深い緑色の少し大きめのバッグ。腕時計を見るとちょうど六時だった。森田さんは膝の上にバッグを載せて僕をまじまじと見た。
「ホントに立川君なんだ……」
僕はこんな風にしっかり見られたことがあまりないので、何だか落ち着かなかった。コーヒーカップを取って、ゴクンと音を立てて飲んだ。
「ねえ、立川君。あなたは今お付き合いしている女性は居る?」
唐突の質問だった。(つづく)
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