小説「Angel/小さな翼を広げて」~前編最終回~
♣
男の顔が歪んだ。驚いているのだろう。登山ナイフの刃先が震えていた。でも、これはとても危険なことだ。男は、森田さんにナイフを向けた。目が据わっている。夢の中で男の子達を見ていた目だ。
「コロスぞ」
その目が言っている。ー夢じゃないー誰かが頭の中で叫ぶ。
僕は筒を口に咥える。森田さんが男を塞いで矢を打てない。
「刺される」
ジワッと額に冷たい汗を感じた。汗がこめかみを伝って首筋に至る。心臓がトクンと鳴った。男の手元が見えない。ナイフの刃先が森田さんの胸に突き刺さる光景がフラッシュした。
その時突然音楽が鳴った。決して大きい音ではないが、無音だった空間に響き渡る。
「Angel」
下校の放送だった。男は一瞬、後ろの壁のスピーカーを振り返って見た。その隙に森田さんは泣いていた女の子を庇うようにしてうずくまった。
「今だ!」
僕は瞬間、深く深呼吸をして息を吐いた。咥えた筒が一瞬だけピクッと震えた瞬間、矢が空気を裂きながら突き進む。音は聞こえないけど僕の鼓膜が微かに震えたのを感じた。Angelの曲が一瞬止まった。そして、矢は男の右腕に突き刺さり、微かに震えながら止まった。止んでいた音楽がまた聞こえだした。
「Angel あなたの中の静かなる幻想の残骸
そこから助け出されるわ
天使の腕の中にあなたはいるの
ここで安らぎを見つけられますように」
歌は無いのに僕の耳にはそう聞こえた。
男は一瞬、こちらに目を向けギョロッと睨んだ後、ガクッと膝をつき、そのまま仰向けに倒れた。登山ナイフがころころっと転がり教卓の足に当たって止まった。
「行くぞ!」
教師達がさすまたを持って走り出した。五分刈りの先生が男の首にさすまたを当てて様子を見た。男はよだれを垂らし小さく痙攣をくり返す。その後ぐったりと動かなくなった。微かにハーブの匂いがした。他の教師が子ども達を誘導している。子ども達の泣き声で下校の曲は聞こえなくなった。僕は筒を置いて森田さんに駆け寄った。彼女は僕の顔をまじまじと見つめ、それからゆっくりと僕に抱きついてきた。そして、僕の胸の中でパトカーのサイレンが近づいてくるまでずーっと泣いていた。僕は、Yシャツを通して森田さんの吐く息の温もりと、湿った涙の感触を同時に感じていた。
(前編了 後編につづく )
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コメント
ああ良かった、
森田さんも子供達も無事で。
前篇が終わりということは
二人の進展がこれからということに
なるのでしょうか?
続きを楽しみにしています。
投稿: casa blanca | 2014年12月17日 (水) 16時06分
こんばんは
記事を読みながら、
パキスタンの学校での銃乱射事件のことを
考えてしまいました。
どっちが正義?
我々はマスコミの報道に操られているのでは?
ちょっと冷静になって、疑ってみることも時には必要なのかもしれません。
投稿: くるたんパパ | 2014年12月18日 (木) 20時22分
casa blancaさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
>前篇が終わりということは
二人の進展がこれからということに
なるのでしょうか?
続きを楽しみにしています。
そうなんですが、後編がなかなか進まず、今、悪戦苦闘しています。年明けには何とか?
乞うご期待!!
投稿: モーツアルト | 2014年12月18日 (木) 23時46分
くるたんパパさん、今晩は。
いつもありがとうございます。
>我々はマスコミの報道に操られているのでは?
ちょっと冷静になって、疑ってみることも時には必要なのかもしれません
僕も新聞を読んでふと思いました。もしかしたら、僕らには一方的な情報しか与えられていないかもしれません。鵜呑みにするわけにはいきませんね。
投稿: モーツアルト | 2014年12月18日 (木) 23時50分