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2015年9月23日 (水)

小説 「かげろふ」ー二度目の夏ーその1(再)

この小説は、前に連載した「陽炎」という小説の続編になります。

10枚程度のごく短い小説で、物語的には、ドキドキ、ワクワクという感じはまったくありません。

それでも良かったら、読んでいただけたら嬉しいです。

(※その1をその2で、うっかり上書きしてしまいました。なので、念のためもう一度アップしました。申し訳ありませんでした。コメントも1回目にいただいたものとダブっています。)

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「かげろふー二度目の夏ー」

夏がまたやって来た。

この春から、僕は地元の放送局に再就職した。前に勤めていた放送局で世話になった先輩の紹介もあり、何とか入社することが出来た。

幸い僕の希望通り、報道やドキュメント関係の仕事が出来ることになった。僕のキャリアも多少役に立ったのかもしれない。入社して間もなくから取りかかっていたドキュメントの仕事がようやく一段落し、お盆に合わせて久しぶりに長めの休暇が取れた。

 

休日なのに朝早く目が覚めた。首筋の汗が不快だった。久しぶりに散歩でもしようかと思った。そう言えば、しばらく運動らしきものはしていない。

朝の六時。さすがにこの時間はまだ空気が軽い。時折吹いてくる風も心地良い。お盆休みのせいで、舗道も車道もまるで空っぽだ。ジャージにTシャツ、サンダル履きの女がコンビニの袋を下げて歩いていた。すれ違いざまに化粧をしていない腫れぼったい顔で僕をチラッと見た。その顔を見て、お茶が要るなーと、突然思いついた。コンビニでお茶を買った。バス通りを逸れて住宅街を抜け、去年の夏によく行った菅原神社まで歩くことにした。もしかしたら結羽(ゆう)に会えるかもしれない。そんなほとんどあり得ない期待もあったと思う。

去年は畑だった所に新しいアパートが建っていたりはしたが、概ね同じような風景が続いていた。白いムクゲを見て少し安心もした。通りにある幼稚園のひまわりが一斉に僕の方を向いていた。僕の後ろには雲に隠れた朝の太陽があったはずだ。角の、無人の野菜販売所もそのままだった。キュウリやナスの入ったビニール袋が無造作に置かれていた。ビニール袋に付いた水滴が瑞々しかった。参道に続く石段をクマゼミの声を聞きながら上る。首筋に浮かんだ汗を拭きながら一段一段上ると、普段の運動不足を改めて感じる。

階段を上りきると参道が明るく開けていた。首筋を朝の風がすーっと通り過ぎる。本殿の側の椋の木が作る木陰の中にあのベンチがあった。

ベンチは未だ眠りから覚めていないようにひっそりとそこにあった。ベンチに座りお茶を飲む。冷たいほうじ茶が、香りといっしょに喉を通る。何故か急に、今年の暮れには四十一になる自分の年令を実感した。

僕は暫くの間、無数のクマゼミの鳴き声の中に居た。やがて、地面を照らしていた朝日が色を失い、辺りが灰色になった。クマゼミの音がぴたりと止まる。ほんの短い時間、音の無いモノクロの空間の中に居た。やがて、朝日が再び地面を照らし、急にスピーカーの音量を上げたようにクマゼミが鳴き出した。僕は軽い目眩に襲われ、暫く目を閉じる。地面が揺れるような感覚が少しの間続いた。揺れが収まるのを確認して目を開ける。

あの時と同じように、シオカラトンボが僕の目の前をスーッと横切り、左手の坂道の方に飛んでいった。トンボの向こうに日傘の先が見えた。薄いオレンジ色の日傘がゆらゆら揺れて、やがて白いTシャツが見え、胸の真ん中の向日葵のプリントが見えた。薄手の涼しげなベージュのスカートが見えると、彼女は、日傘をずらして、小さく会釈した。ぼんやりと見ていた僕は、慌てて会釈を返した。

お早うございます、と言って僕の隣に座る。柑橘系の香りが微かに漂う。結羽だった。(つづく)

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