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2015年9月24日 (木)

小説「かげろふ ー二度目の夏ー」その3

シリーズ三作目の編集が終わった。シリーズの最終となるドキュメンタリーは、JR福知山線の事故についての番組になる。エンドロールが出来、後はテーマ曲を何にするかだけになった。

シリーズの締めくくりとなるので、印象的な音楽にしたいと思った。いろいろ考えたが、なかなか適当な曲が思いつかない。

「蒼空(あそら)、エンディングのテーマ曲は決まったか? もう余裕は無いぞ。何でも良いから適当に決めてしまえよ」

同僚のディレクター、吉田に催促された。椅子にもたれ目をつぶって考えた。いくつかの候補を口ずさんでみるがどうもピッタリこない。資料室でCDでも探そうかと思い立ち上がった。不意に、あのメロディーが浮かんできた。結羽があの時口ずさんだメロディーだ。

これだ。吉田にメロディーを聴かせて、こんな曲はどうだと訊いた。

「俺もそれで良いと思う。それは誰の曲だ? 早速許可を貰おう」

「いや、プロの曲じゃない。友人が賛美歌のようなものを自分流にアレンジして作った曲だ。だから音源も何も無い。友人には後で了解を得ておく」

吉田は驚いた顔で僕を見た。それから、少しの間考えて言った。

「制作室に、コンピュータで音楽を作るのが趣味の神崎って奴がいたな。あいつに作らせよう。蒼空、おまえちょっと行ってこいよ」

吉田から連絡を受けていたのか、神崎は制作室の入り口で僕を待っていた。長い髪を後ろで一つに括った痩せた男だった。まだ若そうだった。

「吉田さんから聞きました。ちょうど今、時間が空いているのでちょっと聴かせてください」

そう言って隣の音響室に案内した。マイクスタンドや配線コードを横に除けてイスを僕の前に置いた。神崎は小さなレコーダーを持ってきて

「イスに座って、そのメロディーをゆっくり口ずさんで貰えますか。これで録音します」

神崎は僕と向かい合って座った。神崎の合図でゆっくりと口ずさんだ。一度聴いただけなのに、あのメロディーが正確に口から出てくる。まるで結羽が僕の口を借りて歌っているように美しく途切れなく流れる。

歌い終わると、神崎が昂揚した顔で僕を見ていた。

「いいですねー。これは良い! 凄い素材だ。早速作ります。二日だけ時間をください」

そう言いながら、レコーダーを再生した。

「それにしても、蒼空さんは声が綺麗ですね。驚きましたよ。歌うとまるで女性の声のように美しい。普段の声とまるで変わっちゃうんですね」

自分でも不思議に思う。普通、こんな綺麗な声が出たことが無い。声が褒められることなど今まで一度もなかった。

二日後に神崎が完成した曲を聴かせてくれた。完璧だった。あのシンプルな曲が弦楽四重奏風にアレンジされていた。それは、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」のように、美しく奥の深い音楽に仕上がっていた。エンドロールにだけ使う予定だったが、タイトル・バックや、全編の重要な場面にも流すようにした。こうして最後のシリーズが完成した。

 

誰も居なくなった音響室でもう一度その曲を聴いた。灯りを消し、深く椅子に座り、目を閉じる。バイオリンだけの単一の音に、少しずつ他の弦が重なり、深い響きが広がる。その響きの中に透き通る女性の歌を聞いた。その声は少しずつ輪郭を持ち、僕の頭の中で一人の女性の姿になる。小さな唇がメロディーを口ずさむ。それは、僕の中の一番深いところまで静かに染みわたっていく。間違いなく結羽だった。

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コメント

短いけれど、静かで心やさしい物語ですね。

理不尽に生を奪われた結羽ですが、主人公とこんなにも深くつながることができて、救われたのではないでしょうか。

拝読しながら、亡くなった人たちのことを思いました。
ずっと忘れることなく、いつもあたたかな気持ちで思い出したいです。

読後、深い印象が残りました。

投稿: 三日月猫 | 2015年9月24日 (木) 13時24分

亡くなった人を忘れなければ
想い出の中で会える

亡くなった人を偲ぶ
生きているからこそできることですね。


結羽と同じように
理不尽に亡くなった人達は
蒼空を通して、彼女が伝えたかった曲を
聴きながら心安らかになれたのではないか
と思いました。

投稿: casa blanca | 2015年9月24日 (木) 16時35分

<一人一人の想いの点を結んで私は生きていける例えそれが辛いものであったとしても> この言葉が強く印象に残りました。

投稿: kaku | 2015年9月25日 (金) 09時34分

三日月猫さん、こんばんは。
読んでいただいてありがとうございます。
印象に残していただいて、とても嬉しいです。書くことの支えになりました。

いつも、これで良いのかな?と思いながら書いています。でも、書くことでしか自分が前に進めないので、下手でも書いています。いつか、簡単な言葉で、深い小説を書きたいと思っています。

投稿: モーツアルト | 2015年9月25日 (金) 22時28分

casa blancaさん、こんばんは。
読んでいただいてありがとうございます。
とても深く読んでいただいて嬉しいです。

>蒼空を通して、彼女が伝えたかった曲を
聴きながら心安らかになれたのではないか
と思いました。

理不尽な死が多すぎて心を痛めています。忘れないでいることや、心に響く挽歌が魂を救えるのなら、少しは心が軽くなるような気がします。
励みになります。

投稿: モーツアルト | 2015年9月25日 (金) 22時35分

kakuさん、こんばんは。
読んでいただいてありがとうございます。感謝しています。

このセリフはちょっと説明的でどうかな?と思っていたのですが、どうしても書きたくて削れませんでした。
kakuさんの印象に残ったと仰っていただいて削らなくて良かったと思います。
ありがとうございます。

投稿: モーツアルト | 2015年9月25日 (金) 22時38分

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