真夜中の声
久し振りの小説です。掌編です。
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真夜中の声(前編)
夜中に目が覚めた。時折強くなる風の音に混じって、小さな雨音も聞こえる。壁に掛ったデジタル時計を見ると、きれいに2が三つ並んでいた。2:22。
朝までまだ十分な時間がある。いくら何でもこのまま起きているわけにはいかない。しかし、妙に目が冴えてなかなか寝付けない。仕方なく枕元のスタンドを点け、開いたまま寝入ってしまった本を手に取り、続きを読む。風の音が止んで微かに雨音だけが聞こえている。
小説を読んでいるうち、印刷された文字が、実際に書かれているものなのか、夢の中で読んでいるものなのか曖昧になってきた。そして、その時微かな声が聞こえた。
喋っているようでもあり、歌っているようでもある。一人でもあるようだし、複数でもあるようだ。しかし、何を話しているのか、あるいは何を歌っているのかは分からない。でも、こんな時間であるにも関わらず、不気味な感じはしなかったし、逆に単調だが、穏やかなオルゴールの音を聞いているような安らかな気持ちにさえなる。
僕は本を閉じて目を瞑りその声を聞いた。どこから聞こえてくるのだろう? 家の中からだろうか? 外からだろうか? どちらかであるようだし、どちらでもないような気もした。歌だとしたらどんな種類の歌なのだろう? 子どもの頃に聞いた懐かしいメロディーのような気もするし、賛美歌のような宗教的な音楽のようにも聞こえる。そんなことを考えながらいつの間にか寝入ってしまった。
朝起きて妻に聞いてみた。
「夜中に誰かの声が聞こえなかった? 話し声のような歌のような……微かな音だけど」
妻はそれについて考える素振りもなく、黙って朝食の支度をしていた。ちょっと考えてくれても良いのにと思いながら僕はテーブルについた。
妻が、少し粗めに挽いたコーヒーをペーパーフィルターに入れ、熱いお湯を注いだ。そして、フライパンでベーコンを焼き、卵を一つ落とした。でも、それらは何の匂いもしなかった。コーヒーの香りも、ベーコンの脂の匂いも、フライパンを熱する匂いも……。
その日の晩も2:22に同じ声が聞こえた。僕はその時間まで起きていて、蒲団に入って本を読んでいた。声は昨日よりも幾分大きくなったような気がした。昨日と同じように少しだけ風の音がした。
話し声と言うよりは、より歌声に近くなったような気がする。そして、その歌は心地よいものだった。心の深くに染みわたり、静かに感情を揺さぶる。僕は知らずに泣いていた。何故涙が出るのか分からなかった。コップに溜まった水が自然にあふれ出るように、感情の引き金もなく瞼を潤し流れ出した。そして、そのまま深い眠りについた。
翌日の晩も同じ時刻に歌―もう歌と言って良いと思う―が聞こえた。やはり風が吹いていた。その風に乗るように外から聞こえてくるのだ。僕は今日こそはその歌を確かめようと思っていた。
外出用のパーカーを着て、LEDの懐中電灯も用意していた。出来るだけ音を立てないように静かに家を出た。(つづく)
(※画像はウェブサイトから拝借しました)
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コメント
おはようございます。
嘘みたい、そう言えば最近
小説アップされないなぁと
思いながら開くと...
匂いがしないのはなぜ?
すべては夢の中の出来事?
先が楽しみです。
掌編って、短編よりも短い小説
という意味なんですね。
投稿: casa blanca | 2017年5月19日 (金) 10時07分
casa blancaさん、今晩は。
こちらも驚いています。昨日のcasa blancaさんのブログを拝見したら、アメリカからいらしたお友達ご夫妻の写真がアップされていて、真ん中に女性が居られて、もしかしたらcasa blancaさん? と思い、ドキドキして見ましたよ。たろさんが言っていたように、やっぱり美人だ!
栗林公園のステキな写真も良かったです。行ってみたいですね。
>掌編って、短編よりも短い小説
という意味なんですね。
そうなんです。あんまり書かないのですが、たまに短い小説も良いものです。でも、掌編はなかなか難しいです。いろいろ書きたくなるのを押さえるのが大変です。
読んでいただいてありがとうございました。
明日(あっ、もう今日かぁ)続きをアップします。読んでいただけたら嬉しいです。
投稿: モーツアルト | 2017年5月20日 (土) 00時03分
casa blancaさん、美人でしょ。
美人な上に、英語もペラペラですからね。
久しぶりの小説ですね。
続き楽しみです
投稿: たろ | 2017年5月21日 (日) 08時01分
たろさん
小説読んでいただいてありがとうございます。
casa blancaさん、やはり美人でした。天は二物を与えますね。たろさんも……。
投稿: モーツアルト | 2017年5月21日 (日) 10時02分
おはようございます。
穴があったら入りたいような...
たろさん、嘘はいけません、ウソは。
ということで、ごく普通のおばちゃん
ですから~ (;^^A アセアセ
投稿: casa blanca | 2017年5月22日 (月) 08時32分
casa blancaさん
ウソではありませんよ(^^)
間違いなく魅力的です(容姿だけでなく)。
casa blancaさんがより身近になったような気がします。
投稿: モーツアルト | 2017年5月23日 (火) 22時16分