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2017年11月21日 (火)

Hello そして……Good-bye

18の時だった。中学の同級生だった子に恋をした。

彼女は女子大生で俺は浪人生だった。通学の電車で出会い、何度か話をしてからだと思う。高校は男女別学だったので、中学以来だったはずだ。

彼女は同級生の男子の間では憧れの女性だった。目が大きくて小さな口許がキュッと締まっていた。意志が強そうで、生意気そうにも見えた。Kという名前だった。走りが速かった。それだけで、俺たちは彼女に憧れた。頭も良かった。そして、少し大人びていた。廊下で出会ったりすると、必ず心臓が騒ぐ。すれ違った瞬間、鏡を見て考えた最高の顔を作る。他の男子もそうだったと思う。

電車で出会った瞬間、Kが声をかけてくれた。

「久しぶり。どうしてるの?」

四人が座れるボックス席に向かい合って座った。Kはちょっと大人になっていた。口紅の赤が眩しかった。俺も、高校を卒業して、制服ではないし、ちょっとは大人に見えたかもしれない。約束したわけではないが、俺はいつも同じ車両に乗ることにした。Kもそうした。朝の出会いが嬉しかった。

「日曜日にハイキングに行かないか?」

出来るだけ自然になるように前日に練習した。でも、不自然だったかもしれない。

「いいよ」

Kはあっさり承諾した。暫くの間信じられなかった。

湖に紅葉の赤がくっきりと浮かんでいた。俺たちは黙ってそれを見ていた。川面が揺れて小さな波が立った。Kの髪がフワッと持ち上がりうなじが露になる。心臓がとくんと鳴った。Kは綺麗だった。

kouyou

(※イメージです。ネットから拝借しました)

「ギターはまだやってるの?」

「やってるよ。あんまり上手くないけど」

「ううん、良かったよ、サベージ。綺麗にハモってた」

高三の文化祭に友達四人とフォークグループを作って歌った。Kも観に来てくれたらしい。

guiter

その日以来、食欲がなくなった。予備校から帰って来て、机に座り、イスの背もたれに持たれてため息を吐く。窓を開けて、すっかり色づいた山を見てため息を吐く。問題集を見てもKの顔が離れない。Kの言葉を一つ一つ反芻する。

手紙を書いた。一文字ずつに自分の思いを込めた。今までで一番綺麗な文字で。

Kからの返事は無かった。電車でも会わなかった。ますます食欲が無くなった。ため息の回数も多くなった。

一週間後にKの友人のSに電車で声をかけられた。「話がある」と言われた。駅の近くの公園でSと話をした。

「彼女悩んでいるの。結局、あなたが嫌いじゃ無いけど友達以上にはなれないって。だから、個人的にはもう会えないって……本当は自分で言うべきなんだけど、やっぱり言えないって」

それから、Sは自分のことをいろいろ話した。でも、どんなことを話したのか覚えていない。俺は悲しくはなかった。むしろ、随分安らかな気持ちになった。すっきりしたと言って良いのかもしれない。その日の晩から食欲が戻った。受験勉強にも驚くほど身が入った。

2017年、今年の夏も実家のあったS市に帰った。お墓参りの後、友人たちと飲んだ。その席で、隣に座った友人が

「Kのこと覚えているか? Kが君に会いたいって。ここに呼んでいいかな?」

と言った。あまりに突然過ぎて、何て返事をしていいか分からなかった。少し時間を置いて「構わないよ」と返事をした。もう随分年月が過ぎている。でも、何故今頃?

「君が帰ってくることを誰かに聞いたらしい。彼女はうちの薬局によく来る。それで彼女に頼まれた。何故君に会いたいか、俺は分からない」そう言って、ケータイで電話した。

少ししてKがやって来た。私の前の席に座った。彼女は私と同じ分だけ歳を取っていた。でも、その中にあの時のKが間違いなく居た。大きな二重まぶたも、賢そうな口許も同じだった。彼女も私がすぐに分かったようだ。

「久しぶりね。元気にしてた?」「お陰様でね。君も元気そうだ」

それから何を話したかあまり覚えていない。少ししてKが、

「あなたが帰ってくると聞いて、とても会いたくなった。何故だか私にもよく分からないけど、どうしても会いたかったの。変だよね」

笑いながらそう言った。私も笑いながら

「俺は本当に君が好きだった。ご飯が食べられないくらい好きだった」

友人達の前で平気で言った。そんなことが笑って言える位時が経ったんだと思った。彼女は一瞬とても真剣な顔をして、それからみんなと同じように笑った。

その後もどんな話をしたか覚えていない。多分、ありきたりの昔話だったと思う。よく飲んだ。別れるときに彼女と握手をした。あの時は手すら握っていなかったのに。

「元気でね」「君も」

そう言って別れた。もう、今度こそ、会うことはないだろうと思った。当時、彼女がどう思っていたかなど、何も話していなかったし、その必要も無かった。しかし、その日初めて、彼女にも(私と同じように)私の存在がどこかにあり続けていたことを確認した。もう、それだけで十分だった。私はもう一度「さよなら」って言った。

(了)

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コメント

なんか、なんか、
胸キュンって感じ👍

投稿: たろ | 2017年11月22日 (水) 02時31分

モーツアルトさん。book

あっ、久しぶりに
モーツアルトさんのお話だ❗️

…一気に読んで
また読んで…
何度か読んで、そして寝てしまって…

起きたとき、
なんとなく若いころの夢でも
みたような気持ちになったのは、
きっとこのお話のせいです。
あまくってせつない感じが、
胸の中に蘇ってきました。

投稿: a-kaki | 2017年11月22日 (水) 05時40分

たろさん
おはようございます。
ランニングとお仕事で忙しくも充実した毎日を送られているようで、励みになります。くるたんさとの休日出勤、娘を見送る父親の心境に胸が打たれました。本当に時の経つのは速いです。
久し振りにエッセイを書いてみました。

投稿: モーツアルト | 2017年11月22日 (水) 07時54分

a-kakiさん
何度も読んでいただきありがとうございました。
久しぶりにエッセイを書いてみました。長い人生の中では、たまにこのような意外なことに遭遇するものだと思いました。

>あまくってせつない感じが、
胸の中に蘇ってきました。

そう感じていただいてとても嬉しいです。a-kakiさんの感性に訴えることが出来て幸せです。励みになります。

投稿: モーツアルト | 2017年11月22日 (水) 08時01分

お久しぶりです。
この間も福井からコメしたんですが、今日も福井から。
孫が気管支炎と喘息で入院して娘のサポートに来てます。
そこで、久々にエッセイ、楽しかったです。
何年振りかで再会して、当時の気持ちを確認し合わずとも
会いたい、それは心の中に存在があったってことですもんね。
私も似たような経験がありますけど、モーツアルトさんの
実体験なのでは?😏

投稿: casa blanca | 2017年12月 1日 (金) 09時31分

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